【朝ドラ座談会】テーマが素晴らしかった『虎に翼』、緻密な作劇を評価したい『おむすび』
『おむすび』が描く“平成”の難しさ
成馬:僕は『おむすび』は序盤から好きで、単純な軽い話に見えて、実は凄く複雑な話を展開しているので目が離せない。評判が悪かった序盤の3週は、このドラマの肝である阪神・淡路大震災につなげるための仕掛けですよね。この構成は『虎に翼そもそも、事前に震災を描くことはアナウンスされていたし、さりげないやりとりの中で米田家の人たちが神戸出身で、被災したのではないか? ということは序盤から描かれていたので、ドラマを見慣れている人ならわかると思うんですけどね。 田幸:「平成」と言っている時点で震災が大きな柱であることは見えていますよね。 木俣:タイトルバックで結(橋本環奈)が制服、ギャル、白衣と変わっていくのがわかるようになっていますしね。第1話冒頭で1995年1月の神戸からはじめないと受け入れられないというのは、ある意味素直というか……。 田幸:『虎に翼』は熱狂的な支持者も多かった一方で、アンチもいました。『おむすび』の内容は微笑ましい感じもあって、昔の朝ドラはこうだったと感じさせてくれる。昔はもっと薄くてゆるくて、でも時間の経過や季節などは丁寧に描くみたいなものが朝ドラのメインでした。 成馬:まぁ、全部台詞で説明して時系列順に見せないと理解できない人が多いってことですよね。「引き」を作らない『虎に翼』は戦略としては正しかったと思います。 田幸:『おむすび』を一生懸命応援している視聴者は確実にいます。根本ノンジさんのファンの方も多いですよね。叩かれることの多かった序盤から「ノンジだからこのまま進むわけない」みたいな思いで観ている方が結構いて、根本さんのドラマファンからの信頼度の高さを感じます。根本さんは今期、『無能の鷹』(テレビ朝日系)も書いていて、全く異なる作品を同時に書いているという多忙ぶり。2025年2月の『正直不動産』のスペシャルも発表されていますが、どれだけ働くんでしょう。 成馬:個人的な話ですが、2000年代に福岡に住んでいて、舞台になっている糸島周辺の土地勘もあるのでロケ地がどのあたりか大体想像できるんですよね。だから地元が映って嬉しいという、とても朝ドラらしい楽しみ方を毎朝してます。同時に00年代カルチャー論としてもよくできていて、ギャルの世界が映画『下妻物語』や連続ドラマ『木更津キャッツアイ』(TBS系)の世界で、書道部や野球部を中心とした学校の描き方は『ウォーターボーイズ』や『スイングガールズ』といった当時流行った部活モノの映画の世界なんですよね。主人公の結はその両者の世界をを行き来するんだけど、初めはどちらにも適応できていない。そして00年代のギャルカルチャー自体が、歩(仲里依紗)の存在によって、90年代のお下がりという構造になっていて、「ではどこで自分たちは躓いてしまったのか?」と遡っていくと1995年の阪神・淡路大震災の1995年だったという構造になっている。00年代批評、平成批評を、切ない喜劇として描いてるのも、2000年代の『木更津キャッツアイ』みたいで、凄く懐かしいなぁと思って観ています。見るところが本当に多いんですよね。 木俣:ちょうど第4週のレビューで震災の前後で、1994年の神戸のような古き良きホームドラマ的なものが失われたのではないかというようなことを書きました(『おむすび』の“複雑な構成”を応援したい “あの日”とともに失われた古き良き日本)。『おむすび』が夜放送の1時間ドラマだとか、NHKだったら夜ドラの枠だったらたぶん普通に受けていたのかもしれないですね。 成馬:『あまちゃん』の成功要因は、劇中で描かれた80年代のカルチャーがちょうど、視聴者がノスタルジーとして共有できたタイミングだったからだと思うんですよね、対して平成、特に00年代はまだ歴史化されていなくてギャルもアイドルと比べると共有できる世代の幅が狭い。懐かしいと言うほど過去でもないし、最近の出来事というには少し遠いという微妙な距離感ですよね。だからこそ、00年代を描く意味はあると僕は思うので、『おむすび』を断固応援したいですね。 木俣:でももしかしたら今後、テイストが変わっちゃうかもしれないですよ。震災の話をはさんで、今後大阪だか神戸だかで栄養士になったら、成馬さんが好きな世界じゃなくなっちゃうかもしれない。すてきなロケもなくなるだろうし。 田幸:朝ドラはどの作品も後半、時間が全く足りなくなって、ほぼセット撮影になりますからね。 成馬:舞台や時代が変わっても違う面白さが出ると思うので、そこはむしろ楽しみですね。たとえば、95年の阪神・淡路大震災を描いた作品なので、2011年の東日本大震災も描くのかもしれないですし、平成という時代を、災害を通して描く作品になるのかもしれない。 木俣:阪神・淡路大震災から東日本大震災までを俯瞰したドラマはまだないですよね。それをやったら『おむすび』の印象は変わるでしょうね。ただ、成馬さんと田幸さんが根本さんを買っている中で申し訳ないのですが、お父さん(北村有起哉)があれだけ娘のことが心配と言いながら、ギャルに変身した娘に気づけないことに疑問があったりして。 田幸:(笑)。 木俣:それはそういうお父さんの残念さをあえて描いているのかもしれませんし、北村有起哉さんのグラデーションある演技力に賭けたのかなと。あと、糸島フェスでおじいちゃん(松平健)がなんで優勝が俺じゃないんだって子どもに対抗意識を燃やすというおとな気のなさ(笑)。 田幸:子供を押しのけるおじいさんはいますよね。あれこそが老人のリアルな感じがします。 木俣:昔は『寺内貫太郎一家』(TBS系)というむちゃくちゃな家族のドラマがありましたが、朝ドラで、おじいちゃんがおかしな人って珍しいですよね。 田幸:おじいちゃん像としては新しいですよね。そもそも朝ドラではおばあちゃんはヒロインの理解者や味方として登場することが多いですが、戦争を描く作品も多く、男性不在の家庭もたくさんあるだけに、「おじいちゃん」の存在が薄い。 木俣:そういうリアリティでいうと、米田家の和室に各地のお土産みたいなものが飾ってあって、永吉がトラック野郎として地方を回った産物なのだろうなって。こういう小道具に凝るのって、堤幸彦監督作に代表される00年代ドラマなんですよ。Tシャツの柄にもなっているコメッピというオリジナルキャラTシャツの柄も00年代にやりそうなことで。朝ドラだと『ちゅらさん』のゴーヤーマンですね。 成馬:家族がお互いに心配し合ってるのに、一人一人考えていることが違うってことを描いているのは多様性があっていいですよね。『おむすび』でもうひとつすごいと思っているのは、ナレーションがほとんどないこと。 木俣:語りはリリー・フランキーさんですが、ほとんど語っていないですね。 成馬:結が悩んでいるところから、いきなり1995年に飛ぶシーン。普通だったらナレーション入れますよ。それがテロップだけでパッと画面が切り替わる。第20話のラストも、結が「1995年1月17日――」とつぶやいて終わる。あんな引きないよなって思って。『虎に翼』みたいなわかりやすい凄さはないんですけど、映像作品として小技が効いていて、しかも説明が最小限なのが凄いと毎回唸ってるんですけど、そういうドラマとしての良さを拾う声が本当に少ないのが残念ですね。 木俣:これが正解ですよって、これが試験に出ますから覚えとけばいいですよと言われないものには食いつかない。 田幸:それこそ震災を描くよとか、分かりやすく描いていると思いますけどね。『虎に翼』の社会派ドラマ的なところや問題提起、メッセージに疲れてしまった朝ドラファンが『ちゅらさん』に癒やされていましたよね。久しぶりに観た人も、初めて観た人も『ちゅらさん』を楽しんでいて。私はその層が割とまるっと『おむすび』を楽しむと思っていたのに、なんで『ちゅらさん』は楽しんで『おむすび』を楽しまないの?っていう(笑)。 成馬:過去にヒットして、どういう話か、ある程度わかっているから安心して観れるという側面が大きいんじゃないかと思います。対して『おむすび』は最初の1カ月は方向性が見えにくかった。僕はその「見えにくさ」がドラマとして面白かったのですが、そのことに耐えられない視聴者が多いのが今の時代なんだと思います。 木俣:栄養士になったら、また違う層が入ってきそうな気もします。 田幸:根本さんのご実家は飲食店で、食の風景描写にとても愛情がある方。『監察医 朝顔』も法医学ドラマでありつつ、ホームドラマですから、栄養士の話になってからのほうが根本さんはやりやすいのではないかなと思います。 木俣:ハートウォーミングなものに震災も関わっている『監察医 朝顔』(フジテレビ系)的なものになれば支持されそうですよね。 田幸:そうそう。『監察医 朝顔』になっていきそうですよね。でも思ったより震災が来るのが早かった気がします。もうちょっと年末くらいまで引っ張るかなと思っていました。 木俣:伊藤沙莉さんと橋本環奈さんが『紅白歌合戦』の司会をする年末に『おむすび』がどうなっているか気になります。
リアルサウンド編集部