この国には「人手が全然足りない」…賃金と物価が上がる日本経済はこれからどうなるのか
生き残りをかけた企業の経営改革
このような問題意識のもと、『ほんとうの日本経済』第2部ではさまざまな事例を交えながら、これまでに生産性の上昇が難しい領域であったサービス関連の業種の現場で働く方々の仕事に関して、そのタスクが今まさにどのように変わりつつあるのかを紹介していく。多くの事例を見ていけば、このような業態においても、労働者のタスクが少しずつ高度化しつつある兆しを確認することができる。 経済の高度化の行方を決める上で重要な要素は、テクノロジーの進展の具合である。技術が実体経済に与える影響を考えるにあたっては、技術革新そのものがいかに進展していくかということに加えて、それが現場のビジネスでどの程度適用可能なものになるかという点が重要になる。 また、現場で適用可能な新しい技術が生まれたとしても、実際問題として地方の中小企業などあらゆる事業の現場で運用されるようになるには相当な時間がかかる。新しい技術の適用可能性に関しては、企業の現場や労働者のタスクの現状を丁寧にひも解いていかなければ、その構造を理解することはできない。 実際の労働現場に新しい技術が浸透していくかは、市場環境にもかかっている。日本全体として人手不足が深刻化しているということは、市場メカニズムが日本社会全体の供給能力を上昇させるように強力な圧力をかけるということでもある。多くの企業は労働市場の需給がひっ迫するなかで、人手の確保に困難をきたしており、賃金上昇に伴う人件費上昇の圧力にさらされている。 過去の時代においては、人件費単価を抑えながら人手を増やしていた企業も多くあったが、これからの時代は、人件費単価の上昇についていくためにも人手を減らしていくことが、企業の合理的な行動になっていく。こうした環境下においては、企業は生き残りをかけて労働生産性を上昇させることで、必要な人員を減らそうと考えるはずだ。さまざまな事例からは近年の市場の環境変化が企業行動に影響を与えている様子も垣間見ることができるだろう。 実際に多くの企業は経済の局面が変化してきていることに気づき始めている。そして、企業経営者は日本経済の将来の姿を見据えたうえで、これまでとは異なる局面に対処するための懸命な努力を続けている。第2部では企業で行われている経営変革の実際の様子を取り上げる。 事例として取り上げるのは、建設や運輸、販売関連など生活に身近なサービス関連の職種である。さまざまな業界における事例を見ていく中で、多くの仕事について、同一の職種内に技術的に業務を大きく機械化・自動化できるタスクもあれば、そうではなく人手によらなければ到底遂行できそうもないタスクも存在するなど、現実の労働の現場においては多種多様なタスクが複雑に混在している現実が見えてくる。 機械に任せることが可能な業務としては、繰り返しの作業が多く含まれるルーティンの業務があげられる。しかし、ルーティンの業務であっても身体的なきめ細かな作業を伴う業務については、技術面やコストの面での障壁が高く自動化は難しい。こうした現実を前提とすれば、多くの領域においては、ロボットが人に完全に置き換わることで人が働かない未来を実現させることは現実問題として不可能であると理解できる。その一方で、近年の技術は確かに現場における働き方を少しずつ変えつつあることも事実である。そう考えれば、現下の先進技術への注目の高まりを過去のAIブームなどと同列視し、一過性のものだととらえるような見方も誤りだろう。 市場環境の変化やAIやロボティクスなど科学技術の進展に伴って、企業経営の現場はどのように変わっているのか。また、各現場における労働者のタスクはどのように変化しているのか。『ほんとうの日本経済』第2部では、現場における労働の実態について、私が行った企業へのヒアリングから探ることで、これからの日本経済の行方を考えていきたい。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)