日本人同士の虐殺を描いた映画「福田村事件」の裏で、地元・香川は葛藤を抱えた 今も残る部落差別…それでも「教訓を継承したい」
保存会の市川正広代表があいさつを述べた。「被害者の痛みを心に刻み、正しく残すことが大切。私たちはこれからも、この事件にまっすぐに向き合い、未来ある子どもたちに人の命の大切さを、人としての尊厳を守る大切さを訴え続けていかねばならない」 カズトさんたちは、事件現場となった神社も訪れた。神社の入り口で、カズトさんは地元の神社がまつっている神と、同じ神の名が刻まれた石碑を見つけた。鳥肌が立った。100年前のこの日、行商たちもこの碑を見ただろうか。その時、何を思ったのだろう―。「無念だったんちゃうかな。帰りたかったんちゃうかな」 カズトさんは、千葉への旅で強い思いを抱いた。「事件を継承していかないといけない」。偏見や差別は、人を狂わせる。人を殺す。この教訓を次の世代に伝えたい。「悲劇を二度と起こさないためにも、差別のない社会を築き行動することがせめてもの供養になる」。事件の経緯を記した新しい碑文を作るべく、動き始めるつもりだ。
【取材後記】 1年前、映画化の話もあって事件が注目され始める中、私は高松支局の記者として、香川県側の反応を知りたいと考えた。当初は「過去の歴史」として取材に気軽に応じてもらえると浅はかに考えていた。 ところが取材を始めてすぐ、壁に直面した。事件から100年後の現在。人種や民族を標的としたヘイトクライム(憎悪犯罪)が相次ぎ、部落差別もいまだに残っている。遺族や住民は、今も事件と向き合いながら暮らしている。記事を書くことによって地域に注目が向き、住民の葛藤をさらに深めてしまうのではないか―。「事件を掘り返さないでほしい」と言う住民たちの前に、どうすべきか悩んだ。 そんな私の背中を、ある住民の男性が押してくれた。「町を記事にするなら、何度も来て、見て、感じたものを書いて」。町に通い、さまざまな声を聞いた。どうすればいいのか、まだはっきりした答えは出ていない。しかし、地域の戸惑いはこれまで報道すらされてこなかった。地域のありのままを伝え、差別の根深さを地域とともに考えたい。住民と同じ目線で、私も取材を続けたい。