日本人同士の虐殺を描いた映画「福田村事件」の裏で、地元・香川は葛藤を抱えた 今も残る部落差別…それでも「教訓を継承したい」
▽「地名は出さないで」と要望したが… 町内会は、森監督ら映画制作陣とビデオ会議を実施した。映画の制作は止められない。ならばせめて「地名は出さないでほしい」と要請し、了承を得たという。「作るなら、責任を持って良い映画を作ってほしい」とも訴えた。 しかし今年9月、香川県の映画館で初めて映画を見たカズトさんら住民は、驚きを隠せなかった。劇中、テロップで「香川県〇〇郡」と記載されている。テロップが出た瞬間、客席から「〇〇だったのか」という声が上がったのも聞こえた。 カズトさんは複雑な表情を見せた。「事件の背景がしっかり描かれていたのは良かった。ただ、地名が出たのは残念だった」 ▽部落解放同盟も苦悩 部落解放同盟香川県連の幹部たちも、頭を悩ませている。 「虐殺事件の教訓を学ぶことは大切だが、当事者の同意も大事だ」 かつては県連も事件の調査に協力し、機関誌などで被害者の出身地を明らかにしていた。だが、現在は地名を発信することはない。近年のインターネットや交流サイト(SNS)の発達が背景にある。
不特定多数に情報が拡散されることから、差別をなくすための情報発信が、結果的に差別を助長する側に利用されてしまう。例えば、川崎市の出版社「示現舎」のように、被差別部落の地名リストや「探訪」動画を無許可で公表する団体や個人も現れている。 この地域も、森監督が取材に訪れた後の2022年4月、示現社によって動画が公開された(現在は削除)。示現社メンバーが勝手に訪ねてきて、無許可で路地や家々や施設を撮影し、被差別部落であることをアウティング(暴露)する「部落探訪」と題した動画だ。 ユーチューブには全国の被差別部落を「探訪」した動画が100本以上あり、何年も閲覧できる状態だった。自治体などが削除要請を続けた結果、運営するグーグルが2022年12月に削除した。 動画の影響は大きかった。地域にある障害者施設に入所を予定していた人が、入所を取りやめると連絡してきた。動画を見た父親が「土地が悪い」と差別発言をしたという。