阪急選手の憩いの場で「昭和のステーキサンド」復活 西宮の老舗洋食店
土筆苑の「ステーキサンド1973」
平成最後の夏の終わりに、昭和の名物料理が復活──。兵庫県西宮市の老舗レストラン「土筆苑」の「ステーキサンド1973」だ。起伏に富む昭和の時代、豪勢なひと皿がプロ野球選手に活力を与え、宴のひとときに華やぎを添えた。復活へ動いた人たちの思いとは。 【拡大写真と動画】1933年の開業時から変わらないガスビル食堂「ビーフカレー」
レシピも写真も残っていない困難な挑戦
「お客さまの心に残り、それぞれの思い出が詰まった料理を再現するのは、たやすいことではない。レシピや写真も残っていない。とてもむずかしい挑戦でした」 料理長の大谷隆史さんが振り返る。復活プロジェクトでは料理人の技術や感性が丸ごと試された。阪急西宮北口駅の東出口からほど近い「土筆苑」。 1973年8月24日の創業以来、今年45周年の節目を迎えた。長らく昼はレストラン、夜は食事に加えてアルコールでもてなすラウンジの2部構成で営業。現在は洋食とワインの店として西宮市民らに親しまれている。記念事業の主役に、創業当時から人気を呼んだステーキサンドが選ばれた。 復活に向け、大谷さんは往時の料理人や古くからの常連客などに、どんな味だったか教えを請う。貴重な断片情報を拾い集める一方、料理人の体験を元に大胆な推理を働かせる。
創業期には開発されていなかった調理を導入
最大の決め手はステーキ肉。いかにして軟らかいまま加熱し、美味しさを持続させるか。豪州産牛ヒレ肉を使い、赤みが美味しかった当時の国産ヒレ肉を再現。創業期には開発されていなかった真空調理を導入した。冷凍技術ではない。真空パックに包み込んだ牛肉を、60度のお湯の中で40分間温める調理方法だという。 「肉は急激に熱するとストレスを感じて硬くなってしまう。60度でゆっくり温めると、人間が温泉に入ってリラックスするように、軟らかさを保ったまま肉全体にじんわり火を通すことができる。40分はおおよそのめど。最後は肉の質感を指先で確かめ、ころあいを判断します」(大谷さん) 食品科学と職人芸の融合だ。仕上げに真空パックから取り出した肉を、350度で3分間焼き上げると、肉の調理は完了。肉汁をたっぷり含む肉と、はさむパンとのバランスを取るため、フランス人パン職人に依頼し、やや厚めのパンを独自に開発した。 復刻版サンドは2500円、1日10食限定。持ち帰りの場合、通常タイプの細長い3つ切りだが、店内ではサイコロ型の4分割で提供される。ひと切れが小さい。ラウンドで働く女性たちにも食べやすいよう配慮されていた名残だという。