子どもに勝ち負けを押し付けてない?――元JOC理事が考える怒ってはいけないスポーツ教育
スポーツは本来「楽しむ」もの
イギリスやフランスなどへ留学し、現地で指導した経験も持つ山口さんは、海外の柔道は、より生活に溶け込んだ身近な存在になっていると言う。日本の柔道人口約15万人に対して、フランスの柔道人口は約60万人と言われている。フランス人にとってスポーツは趣味や余暇で楽しむものであり、柔道は「生きていくために必要なことを教える教育の一つ」として捉えられている。 ――勝利を目指す競技とは別に、スポーツは健康や交流、娯楽といった面も大事にすべきという考え方もあります。こうした考えについてはどう思いますか。 山口香: スポーツは勝ち負けだけでは当然ありません。スポーツをやっている人が楽しく、充足感や満足感を味わえることが基本です。その先に、目標を持って頑張る人もいれば、そうじゃない人もいます。 日本のトップを走ってきた人たちには特に「みんな勝ちたいと思ってるよね」と自分の価値観を強く信じ過ぎているところがあります。ただ「あの緊張感がなければスポーツをやりたいんだけど」「人前でスポーツをするのは嫌」という人も当然いるわけです。そういう人たちもスポーツを楽しめるような環境をつくることは、国民の皆さんにスポーツを楽しんでいただくためにすごく重要なことなんですが、スポーツ界は勝ち負けの世界からなかなか抜けられないんですよね。 私が子どもたちに柔道を教えるとき、「集合」と言う前に子どもたちが走り回っちゃって疲れちゃうのを見ると、これこそがスポーツだなと思いますね。欲求に従って体を動かすことの楽しさをもっともっと教えていきたい。 そう思うようになったのは、イギリスに留学したときに選手と指導者の関係を見たことも大きいですね。練習が終わって礼をした後に、小さな子どもたちも含めた全員が「今日も楽しかったよ、Kaoriありがとうね。また明日来るよ」と言って帰っていくんですよ。「大したこと教えてないのに喜んでくれたんだ」とすごく感動したのを覚えています。 ---- 山口香 1964年、東京都生まれ。柔道指導者、筑波大学体育系教授。元筑波大学柔道部女子監督。89年、筑波大学大学院体育学修士課程修了。同年現役を引退。段位は七段。84年、第3回世界選手権で日本人女性柔道家として史上初の金メダル。88年、ソウルオリンピックで銅メダル。「女三四郎」と称賛された。2011年、JOCの理事に選出。13年、全日本柔道連盟監事ならびに東京都教育委員会の教育委員に就任。筑波大学女子柔道部監督、全日本柔道連盟女子強化コーチとして指導。シドニーオリンピック、アテネオリンピックと2大会連続して日本チームのコーチを務めた。現在は、筑波大学にて教鞭をとる傍ら、柔道のみならずスポーツ全般の普及発展に努めている。 文:佐々木ののか (この動画記事は、TBSラジオ「荻上チキ・Session」とYahoo! JAPANが共同で制作しました)