小島秀夫「“オキシトシン”よりも大切なものをいただきました」 マッサージ店での出会い
小島秀夫の右脳が大好きなこと=を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き」。第18回目のテーマは「オキシトシンな出逢い」です。 群生動物である“ヒト”にとって、インターネットがどれだけ普及しようとも、個と個が触れ合うことで生まれる“オキシトシン”は大切な存在だ。“オキシトシン”とは、握手、ハグ、キス、触れ合いなど、人の肌が接触することで分泌される“幸せホルモン”のひとつ。これらは“メタバース”では決して得られない“治癒効果”を与えてくれる。ゲーム『DEATH STRANDING』では、配達人サムが、この“オキシトシン”を孤立した人々に届けるエピソードがある。寓話のような“オキシトシン”の重要さは、その後に起こったコロナ禍で、広く世間に知られることとなる。 30代を超える頃、マッサージを受けるのが癖になった。見ず知らずの人に、個室で身体を触られるのに抵抗がないわけではない。ただ過酷なゲーム制作でのストレスを解消するひとつの拠り所にもなっていた。マッサージは日常に組み込まれていたのだが、あのコロナが世界を一変させた。マッサージも、ジムもコロナで辞めてしまった。しかし、しばらくして、マッサージへ通い始めることを決意した。それは、普通の生活に戻るための第一歩としての布石だった。マッサージからでも以前の生活を取り戻そう、そう思って、コジプロのある品川のとある店に飛び込んだ。当時は、まだコロナ禍の真っ只中。リラックスというよりは、緊張感の中でのマッサージだった。それから、1年以上、指名はせず、同じ店に通い続けた。 ある日、小柄なコケティッシュな感じの施術師にあたった。マスクをしていて、顔はわからない。僕もマスクをしたまま施術を受ける。彼女は自ら名乗ることもなく、僕も誰何しなかった。僕は、施術中には世間話はしない。仕事や悩みから解放されたいからだ。 気がつくと、久しぶりに眠ってしまっていた。僕は、彼女の丁寧な施術と魅力的な声、やわらかで明るい雰囲気に惹かれた。彼女をまた指名したくなった。でも、名前も顔も知らない。帰宅後、レシートを見ると、そこには担当者の名前があった。 しかも、本名かどうかはわからないが、キュートな名前だった。仮に“Mo”さんと呼ぶ。徐々にコロナが緩和され、僕の方は、途中からマスクを取っての施術を許された。しかし、施術側の彼女はマスクをつけたまま。彼女とは、約2年もの間、ほとんど話はしなかった。挨拶と天気の話があるくらい。会話はないものの、全くの知らない人とは違う、気持ちのいい距離感。職業や仕事、個人的なことは何も交わさないサイレントな信頼関係。コナミ時代に通っていた六本木の店とかでは、「お客さん、何してる人?」と毎回、執拗に聞いてくるのが常だったのに。 国内にいる時は、週一くらいで訪れるのが習慣になった。ところが、コロナが収束し始めると、お店が混みだした。“Mo”さんは、お店でも人気らしく、予約できないことが増えていった。僕のスケジュールは流動的で、事前に予約ができないことが多い。予約が取れない時は、別の人の施術を受けた。今年の春くらいだったろうか。予約が取れず、指名なしで、空いている人の施術を受けた。そこで“Mo”さんとはまた違う、別の意味でのうまい施術者に出逢った。もともと指圧や台湾式足ツボが好きな僕には相性がいい“力のある”施術だった。その人を“Mi”さんと呼ぼう。“Mo”さんにも逢いたいものの、僕は“Mi”さんを優先した。たまに壁の向こうで“Mo”さんの声を何度か聴いたこともあった。罪悪感のようなものを感じながらも、僕は“Mi”さんを指名し続けた。 猛暑が続く7月のある日。施術後、着替えて帰ろうとすると、“Mi”さんから、呼び止められた。「“Mo”さんが、小島さんに直接挨拶をしたがっている」と。入口に向かうと、そこにマスクをした“Mo”さんが立っていた。この店を辞めるので、お別れの挨拶が言いたかった、と“Mo”さんは伝えてくれた。僕には、マスクの下の“Mo”さんの表情が初めて見えた気がした。あの時、僕は面食らってしまい、うまくお礼を伝えることができなかった。そのことで、今も後悔している。 “Mo”さんへ。ほとんど話もできませんでしたが、あのコロナ禍を乗り切れたのは、あなたのおかげです。ありがとうございました。何処かで出逢ったとしても、顔を知らないので、挨拶はできませんが、あなたのこれからの幸せをずっと祈っています。僕は“オキシトシン”よりも大切なものをいただきました。 今月のCulture Favorite ホロライブ所属の人気VTuber・兎田ぺこらさんがコジプロを訪問。 ストップモーション・アニメーション映画『オオカミの家』のホアキン・コシーニャ監督とのツーショット。 小島監督の誕生日祝いに訪れた星野源さんと。 こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。’87年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。 「The Game Awards 2023」にて発表した、最新作『OD』の公式ティザートレーラーが、KOJIMA PRODUCTIONSの公式YouTubeチャンネルで公開中。 先日行われた、東京ゲームショウ2024でのイベント映像のアーカイブが公開中です。 先日、完全新作オリジナルIP『PHYSINT (Working Title)』の制作を発表。 次回は、2420号 (2024年10月30日発売) です。 ※『anan』2024年10月9日号より。写真・内田紘倫 (The VOICE) (by anan編集部) あわせて読みたいanannewsEntame 小島秀夫「おばちゃんが指先だけで親の仇の様に攻めてくる!」 本場の「韓国…2024.4.17anannewsEntame 小島秀夫「SNSは“推し”と“推し”が繋がることができる最強のツール」 …2024.3.9anannewsEntame 小島秀夫「“編集”とは僕にとってのタイムマシンであり、人生を物語ることで…2024.2.10anannewsEntame 小島秀夫、50年間の誤解に謝罪「怖いどころか、猛烈によく出来た映画だった…2024.1.13anannewsEntame 小島秀夫、話題のホラー映画『TALK TO ME』は「クオリティが高くて…2023.12.23