山内圭哉とクレイジーな福田転球が自由にできる場所、大阪に
■ 「普通の舞台ではありえへん『自由にできる瞬間』」(福田)
──確かにお2人が、90年代の関西小劇場を彷彿とさせるはっちゃけた笑いを見せる場所は、多分今では2Cheatしかないので、大阪で観るたびにいろんな意味で「帰ってきたー!」という気分になります。 福田 「自由にふざけられるというのが、やっぱり楽しいですね。『自由にできる瞬間』っていうのは、普通の舞台ではありえへんことやから」 山内 「『笑かして』って言われることも、よそではあまりないしね。僕らが育った頃の関西小劇場って、お芝居のなかでお客さんを笑かすのを、必死マックスの演技でやるのがデフォルトだったけど、今はもうそういう芝居もなくなってきてる。だから2Cheatは、普段とはまったく違う仕事をしているぐらいに思ってます」 福田 「笑かそうというか、笑ってほしい。お客さんが笑ってるのがやっぱり好きだし、こっちもパワーが出るというか。そういう舞台って、やっぱりここ最近はあんまりやってないね」 ──笑いに特化した集団とかプロデュースが、関西でも減ってきていますからね。あとここ最近、映像の世界はコンプライアンスが厳しくなったから、映像ではできないような行動やキャラクターが2Cheatならできる、という意図もあったりしますか?」 福田 「(作品を)作るときには、一切それを考えることはないかな。ただ配信のあるトークライブのときは、すごい気になります。『これ、言うたらあかんのちゃうかなあ?』と思って黙ってまう」 山内 「それって『この状況で、どうやって言いたいことを言うか』という技術を磨いていく場という認識で僕はやってるけど、この人ほんまに黙るんですよ。トークライブやのに(笑)。でも2Cheatをやるときって、どこまでコンプライアンスみたいなことを超えてふざけられるのか? というのを、ちょっと考えいった方がいいのかもしれないですね」 福田 「頭叩いたりするのも、今ってあかんのかな? (相手が)女の人やったらダメ?」 ──吉本新喜劇はまだ叩いてるし、大丈夫じゃないでしょうか。関西はまだ、良くも悪くもポリコレとかルッキズムに関しては「まあまあ、この場は大目に見ようよ」みたいな感じが残っていると思いますし。 ※ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス):人種や性別、体型などの違いによる差別を含まない表現や用語を使用する対策 ※ルッキズム: 外見で判断される差別や偏見のこと 山内 「笑いにおいてそれを考え出すと、本当に矛盾してきますよね。笑いっていうのは常に、差別的な要素をはらんでるものやから、完ぺきには(ポリコレを)守れない。それによって、逆にやりたいことができなくなってしまうということが、起こってしまうかもしれないですし」 ──自分から容姿とか不幸とかをネタにしている芸人さんは、むしろ身の置き場がなくなってしまいかねないから、難しいところですね。社会風刺にせよ笑いにせよ、リミッターを一瞬外せる場所というのは、死守してほしいという思いはあります。 山内 「そうそう。見たらすごく暗澹たる気持ちになって、考え込んでしまう演目もすごく大事やと思うし、なんかよくわからんけどただただ笑ったという演目も、同時にないとあかんと思うんです、世の中は」 「2Cheatは、そこ(笑い)をちょっとだけ担わせてもらってるという気持ちもあります。もしかしたら、そんな風に世の中がなんだか窮屈になってきたタイミングだったから、最近は隔年(開催)になってるというところは、ひょっとしたらあるのかもわかりません」