歴史的に貴重なオルゴールを捜しています 70年前に人気の製品は文献の記録だけ 製造元が「実物を遺産として残したい」
■長野県諏訪地域の精密工業の源流
ニデックインスツルメンツ(旧日本電産サンキョー・長野県下諏訪町)が1950年代の創業初期に製造したオルゴールを捜している。オルゴール製造技術はその後の諏訪の精密工業の源流の一つとなったが、文献に残るだけで製品は確認できていないという。歴史的にも重要な資料となるため、広く情報を募り、実物を遺産として次代へ残していきたいとしている。 【写真】1950年代のオルゴール付き宝石箱の写真。朝鮮戦争から帰還する米兵が日本の土産として持ち帰ったことで人気呼んだとの記録が残る。
■製造当初は「バケツの底をたたいたような音」
同社は三協精機製作所として戦後間もない46(昭和21)年に創業。当時、日本を統治した連合国軍総司令部(GHQ)から、商工省(現経済産業省)を通じてオルゴール生産の依頼を受けて製造に乗り出した。当初は「バケツの底をたたいたような音」と厳しい評価を受けたが、試行錯誤を重ね、心地よい音色を響かせるよう改良。それまでオルゴールは大型で富裕層向けで高価だったが、三協をはじめとする日本メーカーが安価で高品質な品を大量生産したことで一般に広まった。
■オルゴール付きの漆器製宝石箱
捜しているのはオルゴールが付いた漆器製の宝石箱、電話の受話器を置くとオルゴールが流れる電話機台など。特に宝石箱は朝鮮戦争(1950~53年)から帰還する米兵が寄港した日本の土産として持ち帰ったことで人気を呼んだ―と文献に記録が残る。
■繰り返した工場移転で…
特徴はピアノの鍵盤にあたる振動弁をはじくドラム表面の針が一本一本打ってあり、小さなギアも全て金属製。底には三協精機製作所のシールが貼られている。オルゴールの箱部分は外注しており、工場移転を繰り返したため実物は残っていないという。
■記念館に展示する意向
見つかれば、ニデックオルゴール記念館「すわのね」(下諏訪町)か本社玄関に展示する計画だ。同社開発支援部の飯沢章敏部長は「皆さんのご協力を頂き、何とか見つけたい」と話す。外観だけで年代を特定するのは難しいが、「『祖父が大事に持っていた』などのエピソードがあるとありがたい」とする。日本機械学会が歴史的に意義がある機械を認定する「機械遺産」への登録も目指す。