お正月の迎え方いまむかし 節目の年の無事を祈り、新年を寿ぐ
ちなみに、宮中雑煮は、丸くて平らな白餅(葩餅・はなびらもち)と、小豆汁で染めた菱型の紅餅(菱餅)を重ねたものの上に鮎などをのせましたが、この鮎が後に牛蒡にかわり、現在も正月のお菓子として作られる葩餅(花びら餅)になりました。つまり、お雑煮と葩餅は鏡餅の進化・派生した食べ物というわけです。菱餅は、植物の菱の実の形にすることで、菱の繁殖力から子孫繁栄を願ったとも、菱の実の栄養価の高さから長寿を願ったともいわれています。
この古式の鏡餅は白く丸い餅と赤く菱型の餅の組み合わせでしたが、昔の鏡のように丸いものが主流となり、丸い重ね餅に変わっていきました。後付けではありますが、重ねるということにはめでたい意味があるため、定着したようです。 さらに時代が進むと、丸の重ね餅に常緑のヒカゲノカズラを使った正月飾りの掛け蓬莱が組み合わさり、現在のような賑やかな鏡餅になりました。庶民が鏡餅をお供えする風習は、室町時代頃に広まったといわれています。
さらに江戸時代になると、腰が曲がるまでの長寿を表すエビや、喜びの象徴である昆布(よろこんぶ)、「幸せをかき(柿)集める」といわれる長寿の木の柿の串刺し、海の生き物の霊が宿るとされる豊漁祈願の海藻・ホンダワラ、葉が枯れても必ず次の葉が生えてくることから、常に栄えることを表す裏白、家が代々続き栄えることを表す橙、富の象徴である砂金袋を模った砂金餅などで重ね餅を飾りつけました。 現代でも、東京・日本橋の老舗などには立派な鏡餅が飾られ、江戸時代から受け継がれた暖簾の繁栄への願いを実感することができます。 新春の祝いの形は時代によって少しずつ変化していますが、やはり正月には門松を立てて歳神様をお迎えし、鏡餅をお供えして、これまでのご加護に感謝し、新しい年も無事過ごせるよう祈りたいものです。正月は初詣に社寺へ出かける人も多いかと思いますが、まずはご先祖様である歳神様に手を合わせ、それからご近所の氏神様にお参りするのがいいかと思います。 (福徳神社<東京・日本橋>宮司 真木千明) 著者プロフィール 真木千明(まきちあき) 昭和29年、福岡県生まれ。福徳神社(東京・日本橋)宮司。國學院大學卒業後、日枝神社、水天宮(東京)を経て現職。真木家は代々、福岡県久留米市鎮座の水天宮の宮司を務める社家の生まれで、幕末の志士・真木和泉守保臣の直系子孫。著書に『ご縁で生きる~ひとりでがんばらない処方箋』(小学館)がある。