昭和おじさんのカリスマ、ゲンズブール。パリの私邸をノンフィクション作家が行く
予約殺到、パリの「メゾン・ゲンズブール」
2023年、パリ市内のサンジェルマンデプレにメゾン・ゲンズブールという個人記念館ができた。日本で言えば、東京・目黒にある美空ひばり記念館、大阪・東大阪にある司馬遼太郎記念館と同じで、かつて故人が暮らしていた自宅をミュージアムにしたものだ。 メゾン・ゲンズブールは予約制で、入れ替え制の観覧となっている。 自宅が「メゾン」という記念館、道の反対側にある建物の1階にはレコードや各種資料を展示したミュージアム、加えて付属のピアノバー「Le Gainsbarre(ル・ゲインズバー)」とギフトショップになっている。 メゾンは2階建てで、室内の広さは約130平方メートル(39坪)。一度に入館できる人数はせいぜい10数人といったところだ。 メゾン・ゲンズブールは少人数しか入れないこともあって、入場の予約を取るのに苦労する。世界中からファンがやってくるようで、オンライン予約だと1カ月待ちだった。 さて、メゾンの内装、家具、日用品は実際に彼が暮らしていた時のままだ。 仕事部屋にある灰皿には本物の吸い殻が残っているし、浴室のバスタブには香水がいくつも置かれていた。彼が使っていたピアノ、電子楽器も往時と同じだ。保存という行為に力を注いだ記念館だ。 入館者はまず邸宅の向かいにあるミュージアムの受付に行き、入場料を払い、そこで音声ガイドのヘッドセットをもらう。そして、メゾンに戻り、音声ガイドのスイッチをオンにする。 すると、シャルロット・ゲンズブールの低い喘ぎ声が流れてきて、「ドアを開けて」とか「左を見て」といった指示に沿ってメゾンのなかを歩いていく。ちなみにフランス語と英語である。日本語バージョンはない。
住んでいた気配のなかを歩く
最初はリビングルームだ。窓がなく、黒い壁で、中央に2台のピアノが置いてある。壁には写真、絵画、標本、おもちゃ、手錠、吸い殻があふれた灰皿……。思春期の高校生が使っていたとも思える部屋だ。 音声ガイドから流れるシャルロットのエロチックな声に導かれて、キッチン、浴室、子ども部屋、寝室とめぐっていく。音声ガイドにはゲンズブール自身の声、曲なども挿入されている。部屋をめぐりながら声や音楽を聴いていると、そこには存在しないはずのゲンズブールの姿が部屋のなかに浮かび上がる。 部屋のなかで感慨深いのはキッチンと寝室だ。メゾンのなかの部屋は黒の壁になっているが、キッチンだけは白い壁で明るい。そして、ゲンズブール自身がキッチンで子どもたちに語りかけた声が音声ガイドから流れてくる。子どもたちを可愛がっていた様子がうかがえる。 一方、寝室は薄暗い。ベッドボードは人魚の形をしているもので、ベッドのすぐ横にある壁にかけてある絵は拷問や刑罰を描いたものだ。 「よくこんな殺伐とした部屋で寝られるな」と思ってしまうが、そこがゲンズブールの美意識なのだろう。そして、彼が心臓発作で亡くなったのを発見されたのがこの寝室だ。 入館者が見るのはゲンズブールが亡くなった現場だ。彼の気配がもっとも残っている場所なのである。 さて、音声ガイドは30分ほどで終わり、同時に観覧ツアーもおしまい。メゾンを出て、次の道の反対側のミュージアムへ向かう。