習近平が仕掛ける「沖縄に対する浸透工作」 大っぴらに内政干渉を行う中国の目論見
中国史は「役に立つ」
【安田】中国では歴史が現代に生きています。詳しくは拙著『中国ぎらいのための中国史』で書きましたが、外交戦略にも彼らの歴史への意識が感じられる。たとえば中国の一帯一路政策は、近年流行の地政学などでは、ランドパワーの国である中国がシーパワーも手に入れようとする野心的な試みであると説明されがち。もちろんその見方に異論はないですが、それだけでは説明が不十分というのが私の考えです。 昨年5月、広島でのG7サミットの裏で、陝西省西安市で「中国・中央アジアサミット」が開催され、ホスト役の習近平が一帯一路(陸のシルクロード)のもとでの協力関係の進展を呼びかけました。西安は往年の唐の首都・長安です。レセプション会場は唐の宮殿を模した巨大施設、歓迎式典も唐代風で催されています。 ただ、首脳が出席したカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの5カ国は、かつて唐の最盛期、その国土の一部が「西域(さいいき)」として唐の影響下にあった地域です。 長安はシルクロードの起点であり、唐の皇帝は「天可汗(テングリ・カガン)」という遊牧民風の称号ももっていて、西域諸国の朝貢を受ける立場にあった。中央アジアの旧西域諸国の"君主"を、中国の帝王たる習近平が「長安」に招いて唐代風の儀礼で接待する行為は、唐代の「天可汗」的な朝貢関係の結び直しという意図を強く感じさせます。 一帯一路のもう一つの柱「海のシルクロード」も、前近代の朝貢の匂いがします。明代、宦官の鄭和(ていわ)が永楽帝(えいらくてい)のもとで7回にわたり大艦隊を率いて南海遠征を行ない、東南アジアからインド、中東、東アフリカにまで朝貢網を広げたことがあるのですが、現在の「海のシルクロード」のルートは鄭和艦隊の寄港地とかなり一致する。 今年1月、モルディブのムイズ大統領が訪中した際、習近平が「600年以上前の明代に、鄭和がモルディブを訪れた」と語ったように、習近平は「海のシルクロード」諸国との交流で、しばしば鄭和を持ち出します。 習近平政権の一帯一路政策からは、かつての王朝時代の朝貢国を中国の潜在的な勢力範囲として位置付け、西側的な国際秩序とは異なる"中国の特色ある"国際関係を復活させようという思想を感じます。 今日話題にあがった沖縄に対する浸透工作についても、かつて琉球王国が500年にわたって中国に朝貢していたから、現在も勢力下にとどめたい、という意識が多少なりとも関係しているでしょう。中国史を紐解けば、現在の中国を見るうえでも役立ちます。 【益尾】習近平は、中国人の心のなかにある歴史上の中国像を理想にしているのでしょう。彼が、周辺国がおのずと頭を垂れるような偉大な中国を甦らせたいと考えていることは、最近の動向や状況証拠からも窺えます。 ちなみに、習近平が歴史に固執するのは、その経歴が影響しているのかもしれません。彼は文化大革命の影響もあって、小さいころにまともな学校教育を受けられずに育ちました。その後は村長なども歴任しながらキャリアを積み、ある意味では中国の土着の文化の影響を色濃く受けた人物です。 そんな自分に対して、強い誇りも抱いているでしょう。ですから彼の言説のなかには、マルクス主義への深い洞察はあまり見られませんが、中国で一般に語られる歴史的な中国像が頻繁に登場します。 【安田】習近平は首都である北京で生まれ、文革中には父親の故郷でもある陝西省で暮らしました。中華文化の根源で、皇帝のお膝元のような場所で育ち続けた人物です。もちろん、30代以降には福建省で働くなど別の世界も知るわけですが、強大な王朝時代への憧憬は大きいのでしょう。それが「中華民族の偉大な復興」のようなスローガンにもつながる。 彼の思想や理想を知るうえでも中国史への理解は必要不可欠であり、また政治やビジネスなど場面を問わず、現代中国や中国人と付き合ったり対峙したりするうえでの「武器」にもなるのです。