エリザベス女王の王冠にも、欧州の君主の装いに欠かせない「小さくふわふわしたもの」
オコジョの魔力
たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な肖像画「白貂(しろてん)を抱く貴婦人」は、冬毛のオコジョを抱くイタリアの貴婦人、チェチェリア・ガッレラーニを描いた作品だ。ムサッキオ氏は、「オコジョには強力なあご、引っ込まない爪、悪臭を放つ肛門腺がありますから、貴婦人にふさわしいペットではなかったはずです」と話す。 こうした点から、「オコジョを抱いている貴婦人」というありそうもない設定はこの女性の妊娠を暗示していると、ムサッキオ氏は考える。さまざまな女性の肖像画にオコジョの毛皮(アーミン)が描かれているのは、当時「オコジョは耳から受胎し口から出産する」(またはその逆)という説があったからだ、とムサッキオ氏は指摘する。 ルネサンス時代の妊娠、そして出産は、命がけだった。当時の女性たちは、オコジョの生殖の不思議な伝説を、神の守護を得て妊娠と出産を無事に乗り越えたいという願いに重ね合わせたのだろう。そのため、ルネサンス時代の上流階級の女性たちは、高価なオコジョの毛皮だけでなく、オコジョの頭部を模した金属細工を腰に巻くことも多かった。
君主の必需品
出産の無事を願うファッションはやがてすたれたが、アーミンの人気は王族の間で続いた。フランスやイングランド、スウェーデン、ロシアの君主、その他ヨーロッパの権力者にとって、アーミンの縁取りや裏打ちを施したローブやガウンは、儀式に欠かせない装いとなった。 「君主たちは、ベルベッドの長いローブを縁取る美しい毛皮を好んで身に着けた。その姿を目にする臣民にも強い印象を与えたはずだ。君主を仰ぎ見る人々は、こうしたローブが君主の『威厳、名誉、権力』を高めていると感じたことだろう」と、美術史家のパオラ・ラッペリ氏は書いている。 「国家行事で王族が着用する儀式用ローブの多くは、今でもアーミンまたはアーミンに似た素材で縁取りや裏打ちがされています」と、ムサッキオ氏は話す。 現代の人々は、アーミンが着用者に神の守護をもたらすとは考えていないだろう。だが、アーミンは今でも王族の盛装には欠かせない素材だ。環境保護に長年取り組んできた英国王チャールズ3世でさえ、2023年の戴冠式ではアーミンを用いたローブを着用した。伝統に従ってチャールズ国王が着用した王室伝統の衣装は、ロンドン最古の仕立屋でウィンザー家御用達のイード・アンド・レイヴェンスクロフトが、過去に仕立てて保管していたものだった。 戴冠行事において新国王は、祖父のジョージ6世のアーミンのローブ2着を使用し、「環境に配慮した」として称賛された。この行動は、国王でもお下がりの盛装をいとわないこと、また、長年続いたアーミンの文化を受け入れることを示している。
文=Erin Blakemore/訳=稲永浩子