2023年、四番を任せた理由 岡田彰布監督は大山悠輔の何に「おおっ」と思ったのか
大山の周りには自然に人が集まるんよな
さて2023年シーズン、四番はどうする? とオレは考えた。当初、オレの頭の中、大部分を占めていたのは佐藤輝明やった。遠くに飛ばす能力は間違いない。あとは細かいところを修正していけば、十分に四番を託せる。そう考えていたら、おおっと思うことがあった。それが大山悠輔の存在やった。 春の沖縄キャンプ。オレはまず「見る」ことに終始した。選手の動き、能力。見ることによって、先入観は取れ、意外な面を発見することができる。見れば、大山の周りには自然に人が集まるんよな。佐藤輝はまだ3年目。そこまで求めるのは酷やし、大山には同僚や後輩が集まる要素があるというのが分かった。
大山に全力疾走の禁止を伝えたら守らなかった
とにかく真面目な選手よ。練習に取り組む姿勢というのかな。手を抜かないし、常に全力で向かっていた。ゲームでも絶対に一塁に全力疾走よ。これにオレはストップをかけた。評論家時代から大山と接したとき、「もう全力疾走せんでええよ」と伝えていた。クリーンアップを打つのだから、もっと堂々として、凡打なら、それなりの風情で済ませばいいのに、大山は違った。それでケガでもしたら……と余計な心配をしてしまうほどやった。 監督に戻ってきて、大山には改めて全力疾走の禁止を伝えたら、それを守らなかった。キャンプ、オープン戦でもいつも通り。これ大山のプレースタイルなんや、とオレも納得するしかなかった。 四番とは、みんなが認めるバッター。これが四番の条件よ。「なんでアイツが?」「アイツの四番は無理がある」なんて声が出るような選手に四番は務まらないし、任せられない。そうよ、だれからも認められるバッター。それが四番だから、オレはここで決めたわけよ。 四番・大山。これをシーズンで貫く。そういう意味でオレは相当頑固かもしれない。これと決めたら最後まで。そらケガしたりしたら別やけど、それ以外は大山の四番は揺るがないものとなった。
あの涙は四番の涙
そら阪神の四番は重圧がすごいよ。オレも打ったことがあるけど、結果を出せば大ヒーロー、悪ければ戦犯。マスコミの論調もえげつなかったわ。ここまでたたかなくても……というほどケチョンケチョンやし、ジェットコースターのような扱われ方よ。過去の田淵幸一さん、掛布さんが嫌というほど経験してきたことに、大山は耐えてくれるのか? まず結論を書く。見事に四番を守り切り、本当に軸としての存在感を示してくれた。日々、本物の四番らしさが漂うようになった。打ち損じても、相変わらず全力疾走を続け、ベンチに引き揚げる際も、前を向いて堂々としていた。 数字的に特筆するべきものはない。でも四番として胸を張れるのが四球の多さ。リーグトップの四球(99)を得たことこそ、大山の進化と言える。そら四番だって人間よ。打席に立てば、打ちたい、打ちたいの心であふれている。以前なら少々のボール球に対し、強引に打って出ていたのが、グッと抑えることができるようになった。ボール球に手を出して、自分の打撃を崩すパターンから、ボール球を見極めることによって、状態は大崩れすることがなくなった。 さらに四球で出塁することで、チャンスが膨らみ、そら後ろの佐藤輝の打点が増えるのも当然。2023年シーズン、大山は最高出塁率のタイトルを獲ったが、これは我慢を重ねた素晴らしい記録よ。胸を張れ! と言葉を掛けたいよな。 そういえば9月14日、優勝を決めたあと、大山がこらえていた涙をこぼしていた。あれを見て、ジンときた。四番として耐えていたんだ。弱音を吐かず、いつも前を向いて重責を担ってきた。それが実り、そして解放された。あの涙はまさに四番の涙……。そしてオレは「四番に決めてよかった」としみじみと思っていた。 写真=BBM
週刊ベースボール