強い企業組織となるためにルーティンをつくり直せ
──第42回の記事:組織の変化を説明する進化理論(連載第42回) ──前々回の記事:組織の成長は「進化するルーティン」で決まる(連載第43回) ──前回の記事:硬直化するルーティンの危険性(連載第44回) ■変化対応で怖いのは、リソースではなくルーティン 繰り返しだが、ルーティンは組織進化の源泉であるとともに、漸進性、経路依存性が強く、そして時に硬直化する。したがってルーティンは、急激なビジネス環境の変化が起きると、むしろ足かせにもなりえる。 この点を端的に示したのが、ハーバード大学のクラーク・ギルバートが2005年に『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』に発表した、米新聞社4社がデジタル革命の波の中でどのように対応したかについての事例研究だ※10(なお、米国の新聞業界のデジタル化の対応については、本書『世界標準の経営理論』第13章でUSA Todayの事例も取り上げている)。 ギルバートは、事業環境の変化における硬直性(イナーシア)を考えるには、経営資源(リソース)の硬直性とルーティンの硬直性を分けて考えることが重要、と主張した。本書第3章のリソース・ベースト・ビュー(RBV)で紹介したように、企業は様々な経営資源(以下リソース)を持つ。従業員、技術、資金、ブランドなどがそれに当たる。一方で、ルーティンは繰り返される行動パターン、すなわち「仕事の仕方」(プロセス)の固まりだ。リソースもルーティンも企業内部にあるが、両者は似て非なるものだ。 1990年代後半に、米新聞メディアにはIT化の波が急激に押し寄せた。これを受けて新聞各社は、いっせいにデジタル新聞の事業に乗り出し始めた。ギルバートは、新聞4社(主にローカル紙)が当時乗り出した計8つのデジタル新聞事業に対して51回の対面インタビュー、計11回の長時間電話インタビュー、24回にわたる社内会議などのイベントへの参加といった、詳細な調査分析を行った。 そして、分析からギルバートが見いだしたのは、デジタル革命という大きな「脅威」に対して、ほとんどの新聞各社の対応に明確な共通点が見られたことだ。それは各社とも、「リソースは柔軟に振り分けられたのに、ルーティンが硬直化していたがゆえに、変化に対応できなかったこと」である。 まず、各社ともデジタル新聞の部門を新たにつくり、その部門へ次第に大幅な予算と人員という「リソース」は振り分けるようになった。例えばある新聞社では、8カ月の間にデジタル新聞部門の人員を5人から40人に増員したし、別の新聞社ではデジタル部門への予算を2~3年の間に4倍に増やした。このように、外部環境の脅威に対して、新聞各社はリソース配分という意味では、デジタル化の変化に対して素早く柔軟に対応したのである。 しかし一方で、「仕事の進め方」すなわちルーティンは、そのまま「紙の新聞ビジネス」の仕事のやり方が、デジタル事業に硬直的に持ち込まれたのだ。 結果、例えば各社のデジタル新聞の記事は100%、既存の新聞事業からの情報をそのまま回しただけになった。デジタルだからこそ有用なはずの、速報性を重視した第三者ソースからの記事などは、どのデジタル新聞でも採用されなかった。結果として各デジタル新聞ともPVは伸びず、苦境に陥ったのである。 現時点で振り返れば、誰でも「紙メディアとデジタルメディアで仕事の仕方は大いに異なる」ことはわかっているだろう。しかし、1990年代後半当時は、まだデジタルへの不確実性が高い時代だ。この時代に大部分の企業は、新事業も既存のルーティンにそのまま依拠するという、硬直化した道を選んだのである※11。