32年のプロ生活に幕。伊東輝悦、50歳。あのクシャっとした笑顔を見るとホッとした。ピッチを離れる姿が想像できない【コラム】
優しい人。それがテルの第一印象だった
初めてインタビュー取材した選手が、伊東輝悦だった。 2006年の夏にサッカーダイジェスト編集部に異動し、清水エスパルスを担当。当時調子が良かった清水の特集が組まれ、伊東に話を訊いてみたかった。 【画像】サポーターが創り出す圧巻の光景で選手を後押し!Jリーグコレオグラフィー特集! 先輩からは「よくテルに行ったね」と心配された。“初めてなのに大丈夫?”という意味だろう。あまり口数が多いタイプでないことは、何となく知っている。自分でも明確な理由は思い出せないが、藤本淳吾でも青山直晃でもなく、テルだった。 取材ルームで待っていると、ラフな格好のテルが入ってきた。コンビニ袋を手に持っている。たぶん週刊誌が入っているのだろう。 インタビューは特に問題なく進んだが、途中で言葉につまった。訊きたいことをうまく言葉にできない。しばしの沈黙...やばい、どうしよう。と焦った瞬間、これまでの話の流れから、たぶんこういうことでしょ、と言わんばかりに、テルが話し始めてくれた。 優しい人。それがテルの第一印象だった。 また別の企画でインタビューした時は、これぞボランチという“鋭い読み”を目の当たりにした。テルも出場したアトランタ五輪のナイジェリア戦、ハーフタイムでの出来事。広く取り沙汰された監督と一部選手の衝突。その真相を引き出したかった。 デリケートな内容なので、まずは外堀から埋めていくように質問する。だが、そんな浅はかなアプローチをテルはお見通しだ。核心に触れる前に、だいぶ前に、テルは言った。「あ、あのこと? 俺、知らねーんだよ(笑)。ほんと。聞いてなかったから」。身体を休めること、後半の戦いに集中していたのだろう。それもまたテルらしい。 ピッチ上でも随所に鋭い読みを披露していた。いつの試合かは忘れたが、日本平での鹿島アントラーズ戦だ。セットプレーからカウンターを食らう。ボールを持って突進してくるのはマルキーニョス。自陣で残っているのはテルだけ。 絶対無理だろこれ、と思った。だがオレンジの7番は完璧に相手の動きを読んで、クリーンに奪ってみせた。スピードを遅らせるとか、ガチャガチャと粘ってとか、そういうレベルではない。かなりの勢いで迫りくるマルキーニョスにすっと寄せて、さっと足を出してボールをかすめ取る。いとも簡単に。今でも鮮明に覚えているビッグプレーだ。 2010年には、ともに翌シーズンから甲府に移籍する市川大祐との対談もやらせてもらった。テルを取材したのは、これが最後だったと思う。 清水を離れてからも、テルは甲府、長野、秋田、そして現所属の沼津でプレー。その活躍ぶりはテレビや誌面などでしか知らなかったが、あの顔をクシャっとさせた笑顔を見ると、どこかホッとした。大好きなサッカーを楽しんでいるんだろうな、と。 今年8月31日に50歳を迎えた大ベテランは、それから2か月後に今季限りでの現役引退を発表。ついにその時が訪れた。Jリーグが誕生した1993年からプロキャリアをスタートさせた偉大なるフットボーラーがスパイクを脱ぐ。四半世紀をゆうに超える年月を考えれば、別段驚くことではないが、あのテルがピッチを離れる姿がなかなか想像できない。 文●広島由寛(サッカーダイジェストWeb編集部)
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