「かに道楽より大きいカニ怪獣と闘う社長登場」カンテレ新社長"フルAI"番組宣言でTV業界に起こるエグい下剋上
■“テレビ×AI”の可能性 筆者はこの隕石を今の生成AI、恐竜を大マスコミに例えたい。 孫氏が予言するような幾何級数的な進化を遂げなくとも、生成AIは我々の生活に大きな影響を与える。特にメディアにとっては、ITデジタルでインフラの革命が起こっているが、生成AIの進化で表現活動のイノベーションが起こるだろう。 例えばアニメの低廉化は画期的に進む。 現在30分番組の制作に3000万~4000万円を要しているが、コストは4分の1程度に圧縮できる。さらに孫氏がいうようにAIが劇的な進化を遂げるなら、さらに1桁安くできる日も来るだろう。 しかも単にコストが安いだけではない。 制作時にプロンプトなどの指示を工夫すると何通りでも作り変えてくれるので、制作者のイメージにぴったりの作品になるどころか、制作者の想像を超える出来になる可能性がある。 そもそもフルAI作品はデジタル信号でできている。横型画面を容易に縦型に変換できるし、ダイジェストや視聴者の嗜好別に作り変えることも簡単だ。マスを狙ったヒットコンテンツを筆頭に、特定の好みの集団向けに改編できる。作品に関連したストラップなどグッズも容易に作れるし、ファンが一緒に映り込む画像や動画も提供できる。つまり、メインの作品で勝負した後にも、さまざまなマネタイズが可能なのである。 それでもメディア経営者の中には、生成AIにネガティブな人が少なくない。 「著作権が疑問」「画質やテイストが違う」などの批判だ。もちろん課題には向き合う必要はある。それでもテレビ局の映像アーカイブや記事データなどをベースに作成すれば、著作権問題はクリアできる。 また画質やテイストの問題は、CGアニメの例がわかりやすい。 1990年代に登場したピクサーの『トイ・ストーリー』(95年)、『ファインディング・ニモ』(03年)、『アナと雪の女王』(13年)などは明らかに日本の伝統的なアニメと異なるが、瞬く間に日本でも大ヒットとなった。NHKニュースでは一部をAIが読み上げているが、視聴者はすぐに慣れてしまった。 ■“理系と文系”の交差点 冒頭の大多新社長の発言に戻ろう。 「(AIの登場で)理系の人が頑張って、文系のクリエイターを一気に抜き去ることができる。偉そうにしているP(プロデューサー)やD(ディレクター)を抜き去ってほしい」 「文系も頑張れば理系を抜ける。理系にはハードルが低い。(生成AIは)理系と文系の交差点、どちらにもチャンスがある」 要はこれまでの専門によらず、誰にでもチャンスはあると言っている。 「10個やれば1~2個あたる。そういうのにチャレンジしていかないと元気な会社になれない」 生成AIを駆使すれば、低コスト・制作期間短縮・品質向上が望める。テレビ草創期のように、いろんな挑戦が可能となるので四の五の言わずにとにかくやれ、ということだろう。バブル期にトレンディドラマで大成功を収めた“英雄”が令和の今、新社長として何ができるのか。お手並み拝見といきたい。 孫正義氏が批判した「保守的な経営」を続けるのか、大多亮氏のいう「とにかくやれ」を始めるのか。 どうやら巨大隕石が落下したテレビ界は、誰が対応できない恐竜として絶滅するのか、はたまた柔軟な哺乳類としてどの局が新たな時代を切り開くのか。興味深い時代に突入するようだ。 ---------- 鈴木 祐司(すずき・ゆうじ) 次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。 ----------
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司