『あんのこと』入江悠監督 スタッフ皆が河合優実に惚れていた【Director’s Interview Vol.409】
今まで培ったものを全部捨てる
Q:映画化を決めたあと、プロット・脚本はどのように作り始めたのでしょうか。普段の脚本作りとの違いなどはありましたか。 入江:脚本を書き始めるまでに一番時間がかかりました。稲垣吾郎さん演じる記者のモデルになった方に取材をさせてもらい、どういう時系列で何が起きたのか、杏のモデルとなった女の子は、どういう人だったのかなど、いろんなことを伺いました。また、薬物依存や家庭内暴力に関しては僕自身の知識が足りなかったので、そこを調べるのにも時間がかかりました。そういったリサーチを終えてから脚本を書き始めたのですが、そこからは一気呵成に仕上げた感じでした。 Q:取材をして積み上がってくる事実を、物語として落とし込む作業はいかがでしたか。 入江:難しかったです。杏を取り巻く家庭や薬物の問題と、多々羅が関与していた問題、この二つを映画としてどう接続させるかに悩みました。撮影中まで悩んでいたのですが、これは杏の物語だから、杏という女の子の人生を見つめようと、撮影途中くらいでやっと見えてきた。杏と多々羅のどちらも平等に撮影していたので、編集で多々羅の方をかなり落として、杏の方にフォーカスしていった感じです。 Q:監督が河合さんに伝えられた「これまで培ってきた方法論や経験は、ぜんぶ捨てようと思っています」 というコメントが印象的でした。そこにはどういった意味があったのでしょうか。 入江: “映画としての終わり方”ということに繋がるのですが、娯楽性が高いものにしても、リアル寄りなものにしても、これまでは「映画はこうすれば終わる」という帰着点みたいなことを、ある程度想定しながら作っていたんです。『SR サイタマノラッパー』(09)のような自主映画や『22年目の告白-私が殺人犯です-』(17)のような商業映画などでも、ここでエンドロールになるぞと確信めいたものがあった上で作ってきたのですが、今回はそれが全く無い状態で撮影に入りました。杏というキャラクターを全て分かることは出来ないと思っていましたし、40代の僕よりも河合優実さんの方が歳も近いし、杏の本質に触れられる気がする。僕が何かを押しつけるよりも、河合優実さんを通して見せてもらった方が良いなと。そういう意図があって「今まで自分がやって来たことを捨てて、一緒に作り上げましょう」とお伝えしました。
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