37歳の技あり弾…本人も「うまく説明できない」 平均16.6分で証明する“得点感覚”【コラム】
川崎の小林悠、平均プレー時間は16.6分も「シンプルに先発で出たい」
ゴールを決めた選手本人が、状況をうまく説明できない。口下手でも、ましてや語彙力がないわけでもない。稀有な得点感覚に導かれた一撃だったからこそ、川崎フロンターレのFW小林悠はちょっぴり言葉に窮した。 【動画】「ストライカーのお手本」 川崎FW小林悠、嗅覚を発揮したゴールの瞬間 「先ほどもなかなかうまく説明ができなかったんですけど……」 苦笑とともに断りを入れながら今シーズン3点目を振り返ったのは、22日の浦和レッズとのJ1リーグ第28節後。本来は8月24日に成立していたはずが、激しい雷雨のために前半終了時で中止となり、浦和が1-0とリードした状況から約3か月もの“ハーフタイム”をへて、同じ埼玉スタジアムで再開された一戦だった。 小林は後半10分後に、左サイドバックの三浦颯太が放ったクロスに頭を合わせて、浦和の守護神・西川周作の牙城を破る同点ゴールを決めた。冒頭で「先ほども――」と言及したのは、テレビのインタビューに対してだった。ペン記者の取材エリアにおいても、37歳のストライカーは必死に言葉を探していた。 「自分の経験というか、ボールのちょっと下からポンと浮かせればいいかな、といった当て感でした。ちょっと難しいボールでしたけど、うまく当てられてよかったと思っています」 引き分けに持ち込んだゴールは、相手ペナルティーエリアの左角後方で獲得した直接フリーキック(FK)がきっかけだった。キッカーの三浦のクロスがファーへ流れ、DF佐々木旭が後方へ戻したところへMF家長昭博が左足を合わせるもブロックされる。こぼれ球を川崎のMF橘田健人が、ワンタッチで左サイドへ展開して波状攻撃を続ける。再びボールを持った三浦がフリーの状態から、利き足の左足を振り抜いた直後だった。 J1リーグ史上では2009シーズンの鹿島アントラーズ-川崎戦以来、15年ぶり2例目となる試合途中からの再開マッチを前にして、小林は三浦へこんな言葉をかけていた。 「今日は俺と(山田)新だから、どんどんクロスを上げてこい」 再開戦は中断時と同じメンバーで戦うが、怪我人が出た場合は選手を入れ替えられる。川崎の鬼木達監督は現在は負傷離脱中のキャプテン、MF脇坂泰斗に代わって小林の起用を決断。システムも「4-2-3-1」から、16ゴールをあげているFW山田新と小林を2トップにすえる「4-4-2」に変えた。 「相手のセンターバックは大きくて強いけど、可能性のあるボールを入れていかないと点は生まれないので」 2トップだからこそ積極的にクロスを入れる。小林の指示に三浦もイメージを共有させた。 「ピンポイントではなくちょっと曖昧なボールでも、前方の空間へ落とせばチャンスになると思っていた」 もっとも、三浦にアシストがついたクロスは、当初の青写真とはやや異なっていた。ニアに小林、真ん中にセットプレーからそのまま浦和ゴール前に攻めあがっていたDF車屋紳太郎、ファーに山田が待っていた状況で、三浦のクロスはMFサミュエル・グスタフソンの頭上を越えてニアへ落ちてきた。 しかし、ボールが短い。次の瞬間、小林は川崎ひと筋で15年間にわたって積み重ねてきた経験をフル稼働させ、左足のインスイングから放たれるクロスの軌道やボールの回転も加えてゴールへの青写真を描き直した。 「クロスが予想より手前に巻いてくるように落ちてきたので、何となくというか、下からポンと頭を当ててゴールの上を狙えば、という感覚でした。右利きの選手があげるクロスとは、また違った頭の当て方でした」 素早くボールの落下点を見極めた小林の動きに、マーク役のDFマリウス・ホイブラーテンは後手を踏む。対する小林も決してハードヒットしない。カーブの軌道を描きながら落ちてくるクロスに対して、絶妙の力加減で突き上げるように頭を当てれば、ボールは山なりの弧を描きながら必ず西川の頭上を越える。 とっさに描いた絵図通りに、西川の正面を突いたボールは必死に伸ばした右手の先をかすめて、ゴールへ緩やかに吸い込まれた。きっかけとなった三浦の直接FKから、時間にして10秒あまり。その間に前後左右へ何度も細かく動き回り、最終的にニアに陣取った自身のポジショニングに対しても小林はこう言及した。 「ボールが来そうだな、というところに常にいるようにしているし、あとは味方の立ち位置などを見ながらポジションを取り直している。そこは自分の経験からくるポジショニングのよさかな、と」 国際Aマッチデー期間に伴う中断期間で、脇坂の欠場でひとつだけが代わる枠で起用されるべく、小林は練習で猛アピールを繰り返した。今シーズンのリーグ戦を振り返れば先発は2度だけで、しかも7月6日のジュビロ磐田戦が最後。その後は浦和との後半戦前まで、13試合連続で後半からの途中出場が続いていた。 その間の平均プレー時間は16.6分。切り札というとらえ方もできる。それでも、37歳になったいまでも、より長い時間にわたってピッチに立ちたいと渇望するし、プレー時間が増えれば必然的にシュート数も増え、結果としてゴール数も増やせる自信がある。浦和戦は千載一遇のチャンスだったと小林は振り返る。 「週の頭くらいからフォーメーション練習のなかである程度メンバーが決まっていたなかで、自分がスタートのメンバーに入っていました。ただ、入れ替わりもあるとオニさん(鬼木監督)からはプレッシャーをかけられていたので、練習試合でもゴールを決めてアピールした。このチャンスは絶対に譲りたくなかったので」 展開によってはDFジェジエウを投入したパワープレーも準備していた鬼木監督は、積極的に交代カードを切ると公言していた。そのなかで最後までピッチに立った小林は「毎試合、本当に必死です」とこう続ける。 「長く試合に出たい、という気持ちは変わらず持っている。それがなくなったら、もうやめた方がいい」 試合後の公式会見。選手たちが戦う気持ちを前面に押し出した45分間を高く評価した鬼木監督は、脇坂に代えて誰を起用するかで迷っていたと明かしながら、最終的に小林を指名した理由をこう語っている。 「点を取りにいくなかで、やはりエースを入れるべきだ、と。本当に素晴らしい姿勢を見せてくれた」 昨シーズンまでは、在籍5年間で53ゴールをあげたFWレアンドロ・ダミアンが君臨していた。今シーズンはボタフォゴ(ブラジル)からFWエリソンが加入し、大卒2年目の山田も夏場以降で急成長を遂げた。競争のなかで先発する機会が激減してきた小林を、指揮官はそれでも「エース」と信頼を込める。 23ゴールで得点王に輝いた2017シーズンを含めて、6年連続で2桁ゴールをあげていた小林は5ゴールに終わった2022シーズンから昨シーズンは4に、さらに今シーズンでは3に減っている。それでもプレー時間が長ければ、その分だけゴールに絡む感覚やセンスを発揮できると証明した浦和戦後にはこう語った。 「シンプルに先発で出たい。そのためにもゴールでアピールする」 通算142ゴールでJ1歴代7位に名を連ねる小林は、今シーズン限りで引退する同2位の興梠慎三(浦和レッズ)に代わって現役では1位にランクされる。言葉でうまく説明できない得点感覚だけでなく、先発出場とゴールへ対して抱く貪欲なまでの飢餓感が、ベテランのなかでいまもなお力強く脈打っている。 [著者プロフィール] 藤江直人(ふじえ・なおと)/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
(藤江直人 / Fujie Naoto)