【独自】北朝鮮から生存情報も「見捨てられた」拉致被害者 当時の担当大臣取材応じる
「身寄りない戸籍が欲しかった」 元工作員が明かす“拉致された理由”
政府認定拉致被害者の田中実さんと、北朝鮮による拉致の可能性を排除できない特定失踪者の金田龍光さん。2人は、神戸市の同じ児童養護施設で育ちました。幼いころに両親が離婚して預けられたという田中実さん。3歳年下で在日韓国人の金田龍光さんとは特に仲が良かったといいます。 学校を卒業後、同じラーメン店で働いていましたが、田中さんは1978年にオーストリアのウィーンに出国した後行方が分からなくなり、金田さんも翌年、田中さんに会うため東京に行くと言い残して消息が途絶えました。 北朝鮮の元工作員・張龍雲氏は、田中さんはラーメン店の店主の甘い言葉で海外に連れ出されたと証言しています。 ■北朝鮮の元工作員 張龍雲氏(故人) 「田中実も身寄りのない人だから(店主)に対して、親とも思い兄貴とも思ってね、普通の従業員の関係じゃなくって、もっと親しかったんですわな」 「(工作機関幹部は)『田中実がいま平壌に入って、同じく日本の人と結婚して子ども1人を産んで、翻訳関係の仕事をさせている』と。『結婚させて少し落ち着いた、だから安心してくれ』と」 北朝鮮の工作員が日本人に成りすましてスパイ活動するため、身寄りのない日本人が狙われたといいます。 ■北朝鮮の元工作員 張龍雲氏(故人) 「田中実の戸籍が欲しかったんですよ。組織から見れば、一番適当な人物だったんですな」
「車椅子でも空港に…」帰国を待ち続けた恩師
たしかに2人に声を挙げる家族はいませんが、帰りを待っている人はいます。ここに眠るのは高校時代の田中実さんの担任、渡辺友夫先生です。 ■田中実さんの担任の息子 渡辺慎太郎さん Qかなり田中さんのことを気にかけていらっしゃった? 「最後の方はそうですね。もう田中さん一辺倒の余生を送ってましたから」 市立神戸工業高校で3年間、田中さんの担任だった渡辺先生。児童養護施設から通う田中さんを気遣い、家庭の味に飢えているだろうと弁当を分けていたといいます。田中さんの拉致疑惑が浮上すると“親代わり”として名乗り出て帰国の実現を訴えていました。