中山美穂さんが「愛し愛された」理由…和田アキ子、田原俊彦、芸能リポーターら数々証言
54歳で急死した中山美穂さんについて、和田アキ子は「明菜や聖子たちよりも、ちょっと大人っぽかった」と振り返った。アイドル歌手全盛の1980年代、中山さんは浅香唯、工藤静香、南野陽子と「アイドル四天王」とも呼ばれていた。この当時、中山さんとの交際を報じられた田原俊彦は自らのユーチューブで2023年にこう振り返っている。 【写真】中山美穂さんの元夫・辻仁成氏 「本当に可愛かった。本当に、いい子でした。何度となく迎えに行って、何度となく写真に撮られて」 半同棲との見出しが躍り、ハワイ旅行でゴルフを楽しむ様子をワイドショーがキャッチし、帰国する際も空港で芸能マスコミが殺到。結婚秒読みとの見方もあった。芸能評論家の中野義則氏はこんなエピソードを語る。 「中山さん主演のドラマ『眠れる森』でインタビューしたのですが、その後確認したいことがあって控室にお邪魔すると、快く迎え入れてくれました。コンタクトレンズを外していたのか、こちらまで10センチというところまで顔を近づけてきたんです。なんて無防備なのかと驚くと共に、とても可愛い方なんだと思い、カメラの前での大人っぽいイメージがガラリと変わったのを覚えています」 その後、中山さんは歌手で作家の辻仁成と02年に結婚、男児に恵まれた。芸能リポーターの小柳美江さんが振り返る。 「辻さんとの結婚発表は突然のことで、仕事関係や美穂さんと親しくしていた芸能人のもとへと取材に走りました。ところが皆さん驚くばかりで、その私生活はベールに包まれていました。パリに移住されてからは雑誌で当地での生活や子育てまで、プライベートをつまびらかにされるようになり、また驚いたものです」 この結婚は14年に破局を迎えた。 「離婚報道があった時、パリから帰国される美穂さんの声を聞こうと空港に取材陣が駆けつけました。取材エリアである歩く歩道では硬い表情を崩さず、これは話をしてくれる雰囲気ではないと私は諦めたのですが、取材エリアから出るところで一斉にカメラのフラッシュがたかれると『やめてもらえますか』と強い口調で声を張り上げたんです。空港取材では当時ごく当たり前のことでしたので、カメラマンたちがうろたえて『怒っていたよね』と確認し合っていました。不快なことには毅然と立ち向かう芯の強さを感じました」と小柳さんは続けた。 ■募るやるせなさ 生活拠点を日本に戻して以降、ことし1月には9歳年下のベーシストとの交際を報じられた。中山さんのコンサートでバンドマスターも務め、公私ともに親しくしていたらしい。また、お笑いトリオ「インスタントジョンソン」のじゃい(52)を「親友」と呼び、約8年前から食事や旅行を共にしていたそうだ。じゃいはブログでこう追悼している。 《君は世界中の誰よりも輝いていた。こんな僕を親友って呼んでくれてありがとう》 死因は入浴中に起きた不慮の事故。やるせなさが募るばかりだ。 ◇ ◇ ◇ 生前の人柄からか、中山美穂さんには多数の飲み友達がいた。関連記事【もっと読む】中山美穂さんの死を悼む声続々…ワインをこよなく愛し培われた“酒人脈” 隣席パーティーに“飛び入り参加”も…では、その人脈に触れている。