「西日本」が壊滅する…まさに次の国難「南海トラフ巨大地震」は本当に起きるか
地震発生確率の功罪
ちなみに、これまで発表されてきた地震発生確率・長期評価の精度はあまり高くない。例えば、1995年阪神・淡路大震災発生直前の発生確率は、向こう30年以内に0.02%~8%だったし、2016年熊本地震を引き起こした布田川断層帯についても、地震直前に発表されていた30年以内の発生確率は、ほぼ0~0.9%だった。つまり、発生確率が極めて低いと評価されていた両地域を、突然M7.3の大地震が襲い、甚大被害を出したのである。また、宮城県沖地震(単独又は三陸沖南部海溝寄り連動(M 7級~8級))については、高い発生確率としていたが、M9級の東日本大震災の発生確率は発表されていなかった。 発生確率が高いと評価された地域には強い警告になっても、低いとされた地域の自治体や住民は、「うちは安全地域」と誤認し、防災対策に対するモチベーションが低下し対策も十分ではなかったように思われる。結果として、低いとされた地域には間違った安全宣言になっているのではないか。 実際に熊本地震直後に話を聞いた某企業の危機管理責任者は、「コンピューターのサーバーラック(棚)を、床にコンクリートボルトで固定して安心していた。しかし、震度6強の揺れで倒壊し機器が損壊。今考えれば、重いものは床だけでなく、壁や天井など複数個所でしっかり固定すべきだった。以前から熊本は地震の発生確率が低いと聞いていたので、結果的に形式的対策になっていた。サーバーなどの損壊で、業務再開は半年以上遅れた」と忸怩たる思いを述べていた。もし、今後も発生確率を発表するのであれば、過去の発生確率と的中率、科学的な誤差範囲なども同時に発表してほしいものである。 一方で、寿命100億年といわれる地球時間で動く自然現象を、寿命100年程度の人間時間で数えた向こう30年の地震発生確率や予測値は、地球時間にしたらごくわずかな誤差の範囲なのかもしれない。南海トラフの地震も人間時間で考えた規則性のある周期を正確に刻んでいるとは思えない。現在入手できる地震資料の古い記録は約1200年間程度。それもすべて正確とは限らない。それぞれ貴重な史料ではあるが、この1200年間の地震データだけを物差しにして、地球時間で動く次の南海トラフ巨大地震の発生時期を予測することは極めて難しいのではないか。発生確率や予測値は参考にしつつ、数値には誤差があることも織り込んでおく必要がある。 安政東海地震(1854年12月)から現在(2023年7月)までの169年間、東海地震の震源断層領域で大地震は起きていない。もし、長い沈黙を破って東海地震領域が動いた時、東南海、南海地震の領域も連動又は時間差で動き、南海トラフでの超巨大地震となる可能性もある。予測数値に一喜一憂するよりも、いつ大地震が起きてもいいように物心両面の準備・対策が肝要である。 中国の歴史書『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』襄公十一年(B.C.562年)の項に、「居安思危 思則有備 有備無患」「安(やす)きに居(お)りて危(あやう)きを思う。思えば則(すなわ)ち備え有り、備え有れば患(うれ)い無し」とある。備えるということは、予測の困難さに思いを馳せ、突発的に大地震が起きることも覚悟し、防災情報や新知見に注意を払い、考え得る事前対策を怠らないことである。といって、朝から晩まで緊張しながらの生活は長続きしないし無理がある。であるならば、今のうちに出来得る限りの耐震対策や防災備蓄をした上で、日常生活を享受するしかない。「悲観的に準備し、楽観的に行動する」ことも大切である。 さらに関連記事<「南海トラフ巨大地震」は必ず起きる…そのとき「日本中」を襲う「衝撃的な事態」>では、内閣府が出している情報をもとに、広範に及ぶ地震の影響を解説する。
山村 武彦(防災システム研究所 所長・防災・危機管理アドバイザー)