光る君へ、衝撃の展開…大河オリジナルキャラ「直秀」の果たした役割 〝決定的な身分差〟描く
現代とは違う身分制度
水野:今回は、道長の従者の百舌彦と、まひろの従者の乙丸のふたりのやりとりや、猫の小麻呂ぐらいしか、癒やしがありませんでした…。 たらればさん:百舌彦や乙丸こそ、身分制度を最も端的に表す存在ではありますよね。 この時代の貴族は、誰と恋愛をしているか、誰とどんな「文」のやりとりをしているか、従者には筒抜けです。 極端な話、貴族にとっては裸を見られても恥ずかしくない存在というか、「かわいい」とかそういう感情はあるかもしれませんが、同じ「人間」としてはカウントしていないわけです。 水野:ハッキリ身分が違うと互いに分かっているわけですね。 たらればさん:そういう上級貴族のメンタルは、どんなに想像力を働かせても現代に生きるわれわれにはなかなか実感できませんよね。 たとえば源氏物語の宇治十帖では匂宮と薫が浮舟のことを取り合うわけですけど、どっちも没落して東国で育った姫君である浮舟のことを「自分と対等の存在」とは決して思っていないんです。当時の読者も「それが当然」と読んでいる。 そういうこともあって、源氏物語の現代語訳を読むときは、なるべく近い時代の訳を読むのがいいと思っています。 現代との意識の違い、前提とされる理念や考え方を、どう現代語訳するかが最大のポイントであり、どう無理なく現代につなげられるかが、作家としての力量が試されるところなんじゃないかと思います。
「死」を描いて物語を動かした紫式部
<直秀が命を落とした「鳥辺野(鳥部野・鳥戸野)」は、今の京都市東山区にあります。清少納言が仕えた藤原定子や、藤原道長もここに葬られました> たらればさん:鳥辺野は平安時代に幅広く貴族から庶民まで埋葬される場所として有名で、「源氏物語」でも光源氏の母の桐壺更衣や正妻の葵の上、紫の上たちが葬られた地でもあります。 紫式部という作家は「死」の描き方がとても印象的です。光源氏は母(桐壺更衣)や葵の上、藤壺など、大切な人を何度も失い、紫の上にも先立たれます。そのたびに物語がちょっとずつ動く。誰かが死ぬと物語に「空洞」が生まれて、その空洞を埋めるように周囲の状況が動き出すんです。 この先、そんなふうに大河ドラマが動いていくのだとしたら、視聴者はどんどんメンタルが削られますよね…(苦笑)。 水野:たらればさんの〝最推し〟の清少納言(ファーストサマーウイカさん)が仕えた藤原定子さま(高畑充希さん)も鳥辺野に葬られるんですね。 たらればさん:はい。定子さまも鳥辺野に霊屋を建てられてそこに安置されたという記録があります。「栄華物語」には、定子さまが運ばれたのは旧暦十二月、雪の降る日だったと記録されていますね。 定子さまが葬られた正確な場所は分かっていなくて、後年に作られたんでしょうけど、定子さまが祀られている廟(鳥辺野稜)にも一度行ったことがあります。 草がぼうぼうと生えている山道を歩いていくと、ひっそりと廟があって、お参りができます。 水野:今回の回を見て、訪れてみたくなりました。 たらればさん:亡き定子を想って清少納言もここへ何度もお参りしたのかなとか思いながら、手を合わせました。小高い丘になっていて、京都市街が見渡せて、静かでいいところです。