後味よく興味が刺激される物語 人生に大げさな野望持たない男女のゆるい時間、暑さに耐えながら送る等身大の日常 映画「お祭りの日」
【渡邉寧久の得するエンタメ見聞録】 後味がよくて、先々がどうなるのかなという興味も刺激される映画が公開中の「お祭りの日」(堀内友貴監督・脚本)。見つけものかも、だ。 中心に存在しているのは夏祭り。ただ、夏祭りは描かれていない。夏祭りの周縁で、夏祭りの気配を感じながらも夏祭りに行けない人々の日常が描かれている。 5つの物語で構成されている。ひとつの物語が別の物語とすれ違っていたり、つながっていたりする。作為と巧みの交差が見事だ。 映画は、自主映画に出演してもらうために喫茶店で女性(須藤叶希)を口説いている丸刈りの男(米良まさひろ)の熱弁と、女性の冷めたリアクションがおかしなすれ違いを浮かび上がらせる会話劇から始まる。 男の口から飛び出すのは、男性性器のストレート表現。ヤクザの抗争に巻き込まれ片方のタマタマを本物の金に変えられ、バランスの悪い暮らしを余儀なくされた男の復讐劇、と男は説明し、女はトイレに行くふりをして逃げ出す。 次の場面に参入するのは、カフェの店員(斉藤友香莉)。丸刈り男との会話が始まり、物語が違った方向へと動き出す、という寸法だ。 劇的なエピソードはこれといって訪れない。人生に大げさな野望を持たない男女がひたすらゆるい普段の時間を味わい、暑さに耐えながら等身大の日常を送る感じ。 見る側は、目の前にいる人、隣にいる人の行動を観察し、会話に耳をそばだてている感覚になる。手に汗は握らないがちょっとイマーシブな映画だ。 冒頭の丸刈り男以外にも、ダメな人たちが登場して、彼らがおかしくて愛らしい。 就職の面接を取りやめて、もっとやるべきことがあるんだよね、ともっともらしいことを口にしながらテレビゲームに熱中する男、夏祭りに行くため何時間もやってこない(おそらくは夏祭り開催のために路線を変更したのか)バスをバス停のベンチで待ち続ける男、一切の記憶がないほど酔いつぶれ、作りかけのスパゲティーの残骸に愕然とする女性2人などなど。 彼らはあまり沈黙することなく、ひたすらしゃべる。会話の意味合いを裏読みをするうちに会話は先へ先へと進み、物語が編まれていく。後を引く映画だ。 (演芸評論家・エンタメライター)
■渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう) 新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクを経て演芸評論家・エンタメライターに。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。