SF映画の世界...サウジ皇太子が構想する直線型都市は「未来の街」か「監視社会」か
独裁者が欲しい好都合な物語
この大型本によれば、ザ・ラインの住民の多くは外国から移住してくるクリエーティブな人々になる。この都市は「自由な思索者」を「制約のない開放的な都市空間」に引き付けることを目指しているという。 ザ・ラインは進捗状況が明らかでなく、計画どおりに完成するかも分からない。ムハンマドはベンチャーキャピタリストさながらに、いくつもの巨大建造物に資金を投じているようだ。その中には成功するものもあれば、失敗するものもあるだろう。 今年4月には、ザ・ラインの第1段階の計画縮小が報じられた。30年までに建設して150万人が暮らすという当初の目標から、住民は30万人にまで減らされ、全長も約2.4キロに短縮されるという。 プロジェクトの実現可能性には大きな疑問符が付く。現時点では、PR資料が示すような高速鉄道は造られていない。火災の際の安全性の確保や、道路がない都市でどうやって救急車を走らせるかも明確になっていない。 いくつかの研究では、直線型よりも環状型の都市のほうが環境に優しいという見方も示されている。 鏡貼りになっている高さ500メートルの壁に衝突しかねない鳥類や、新しい都市の建設によって砂漠を横切れなくなる野生動物への影響についても、ほとんど考慮されていないようだ。ザ・ラインの建設予定地にいま暮らしている人々のことも、ほぼ無視されている。 ザ・ラインが完成すれば、最大で2万人の先住民ハウェイタット人が住む場所を追われる可能性がある。人権擁護団体はサウジアラビア政府がプロジェクト反対派を厳しく弾圧していると批判しており、これまでハウェイタット人の活動家1人が特殊部隊に撃たれて死亡した。 それでもイスラム原理主義的な王家が支配するサウジアラビアは、前衛的なアイデアによるイメージチェンジを図っている。目指すは近代的なだけではなく、ヒップで自由な政府のイメージだ。 この意味でサウジアラビアの取り組みは、ヨシフ・スターリンが芸術と建築に対して従来型のアプローチを取る前の、初期のソ連が行った芸術的実験に似ている。 ザ・ラインは最終的に、「AIが運営」する世界初の「認知都市」になるという。それが何を意味するのかは誰も説明していない。だが、全面的な監視は避けられないようだ。 サウジアラビアで起きている全てのことをイメージ戦略として片付けるのは間違っているし、全てのイメージ戦略が効果的だと想定するのも間違いだ。ムハンマドを「サイバーパンク」や「クール・アラビア」と関連付ける記事の中にも、カショギの名前は登場する。 一つ確かなのは、新しいスタイルの独裁者が自分たちに好都合な物語や情報操作を必要としているということだ。プロジェクトが幻想的であるほど、物語は魅力を増す。他国の独裁者たちがその点に注目し、いつか同じような都市を建設しようとするかもしれない。 Foreign Policy logoFrom Foreign Policy Magazine
ヤンウェルナー・ミュラー(米プリンストン大学教授〔政治学〕)