「草刈機まさお」がタイで疾走 中国のドリアン特需で日本企業にも商機
日本の地方企業にもドリアン特需
このドリアン特需は一見、日本とは全く縁のない出来事のように映るが、実はある日本の地方企業がうまく波を捉えてタイ進出を成功させている。キティパットさんがまたがって登場した乗用草刈り機を製造している、筑水キャニコム(福岡県うきは市)だ。 筑水キャニコムと言えば、一度聞いたら忘れられない商品名で知る人には知られた農業機械メーカー。冒頭のマシンの製品名は「草刈機まさお」。ネーミングばかりに耳目が集まりがちだが、もちろん性能も名前倒れしてはいない。 1990年代後半にオートマチック仕様を、2000年代に四輪駆動を実現するなど、筑水キャニコムは業界に先駆けて乗用草刈り機の改良を進めてきた。運転しやすく小回りが利く上に、草の刈り高を細かく調整ができることもあって、とりわけ果樹農家から支持を集めている。草を残さず刈ってしまうと、地表が必要以上に乾燥したり、すみ家を失ったダニやカメムシといった害虫が樹上に移ったりするため、刈り高の調整機能は重宝されるのだという。 12年に筑水キャニコムがタイに上陸した当初は、北部のオレンジ農園向けやゴルフ場をターゲットに草刈機まさおを販売していたが、包行良光社長によれば、「年間10台程度と鳴かず飛ばずだった」。状況を打開しようと、狙いを定めたのがドリアンだった。 大きいものになると子供の頭ほどの大きさにもなるドリアン。表面はびっしりと硬いトゲで覆われ、強烈な匂いを発する。病みつきになった人からは果物の王様と称賛され、苦手な人からは悪魔の果物と忌み嫌われる。毀誉褒貶(ほうへん)の激しいフルーツだが、意外にも栽培には繊細な扱いを必要とする。 栽培に手間がかかる一方で、折からのドリアンブームで換金性が高いとなれば、設備投資の余地は大きいはず。18年からはチャンタブリー県を中心に展開するTテックを販売代理店にして、ドリアン農家を対象に営業をかけていた。 ●コロナ禍が機械化の転機に 転機となったのは新型コロナウイルス禍だった。移動制限によって、それまで頼っていたカンボジア人を中心とする作業員が確保できなくなり、機械の導入が一気に進んだ。Tテックのアヌソーン社長は「タイ人の人件費が上がる中で、外国人労働者を雇うか機械を導入するかという二択になっていたところに、コロナがトリガーになって、選択肢は機械化のみになった」と解説する。21年には販売台数が約150台に達したという。 筑水キャニコムの動きには農業機械の大手も注目している。クボタのタイ法人であるサイアム・クボタは、草刈機まさおの販売で提携をスタート。24年はサイアム・クボタの販売分を合わせて、145台程度の販売を見込んでいる。 実は海外売上高比率が6割を占めるグローバル企業の筑水キャニコムだが、「これまでの販売は北米や欧州、オセアニアといった先進国が中心だった」(包行社長)。草刈機まさおはハイエンド製品で、タイでは1台35万バーツで販売している。ドリアン農家へのアプローチをきっかけに新興国市場への突破口が開けた。 タイの5大農作物はコメ、キャッサバ、トウモロコシ、サトウキビ、天然ゴムとされる。いずれも価格決定権は政府やグローバルの大資本が握り、農家のもうけは少なかった。ドリアンという、農家の設備投資意欲をかき立てる換金性の高い作物が登場したことで、新たな商機が生まれている。 ドリアン栽培ブームはベトナムやフィリピンにも広がっている。一時的な特需に終わるのか、東南アジアの農業の高付加価値化に道を開くのか。果物の王様が試金石になっている。
奥平 力