リバプールは慧眼か? 新監督候補、アルネ・スロットを徹底分析。クロップ・サッカーからの進化と一抹の不安【コラム】
リバプールの、ユルゲン・クロップ監督の後任がようやく決まりそうだ。新任候補の名はアルネ・スロット。名前だけを聞くとギャンブルの香りがする。確かに賭けに出た部分もあるだろう。しかし予定の合間にふらっとパチスロ店に立ち寄るかのようなノリで決めたわけでは当然ない。入念なリサーチの結果、この45歳のオランダ人に決めたのだ。では何故リバプールは彼を後任候補として選んだのか。そして、スロット監督とはどんな人物なのだろうか。(文:内藤秀明)
●スロット監督が好むスタイルとは? まず第一にスロットがリバプールにやってきた場合、新しい戦術的な文化をイングランド北西部の港町に持ち込むことになるだろう。オランダ人監督は合理性を重視する典型的な戦術家だ。これまでのリバプールはユルゲン・クロップの情熱的なサッカーでゴリ押すことが多かったが、スロットが監督になるとビルドアップが整備され、以前より器用さを手に入れることになるはずだ。 基本的にスロットサッカーでは、最終ラインでボールを保持する際に、相手の前線の守備枚数と同数のDFで組み立てていく。厳密に言うと、ハイプレスを受けた場合はGKも巻き込んで数的有利を作り、擬似カウンターを仕掛けていく。いずれにしても後方に多くの人数をかけることを好まない。 またビルドアップ面での他の特徴でいうと、中盤は最終ラインに落ちることが少ない。相手FWとMFの中間でボールを引き取ることを求める。ただしノープランで後方の人数を減らすと、ボールを失ってカウンターを食らうリスクが発生するので、少なくとも片方の、状況によっては両方のSBを低めの位置に配置する。この状況によってはと言うのは前述の通り、相手の前線守備の人数に応じて変容する。 ビルドアップのサポートに入るSBの選手たちは偽SB的にピッチ中央のエリアに侵入することもあるが、原則的な立ち位置はCBとウイングの中間に立つ。正確に言うと、中間よりやや低めでCB寄りの立ち位置をとらせる。 この偽SBでもなく、大外のレーンの高い位置でもないポジショニングは、近年のポゼッションサッカーにおける主流のやり方だ。CBと近い距離感でボールを繋ぐことも出来るし、やや内側に立つことで相手のウイングを押し込み、CBから味方のウイングに一つ飛ばしのパスも通しやすくなる。 ●遠藤航の適応に不安は? このビルドアップは状況に応じての立ち位置の微修正が90分間求められるため、最終ラインおよびアンカーの選手には器用さが求められることになる。クロップのサッカーとは大きく変わる部分だろうが、リバプールの現在の最終ラインや中盤にはサッカーIQが高い選手が多いため、概ね問題ないはずだ。 強いて苦しむ選手を挙げるとするなら、オランダ代表MFライアン・フラーフェンベルフではないだろうか。ただ監督と同じ母国語の選手ということもあり、密にコミュニケーションをとってなんとかスロット特有の動きを習得したいところである。 なお言わずもがな遠藤航は問題ないはずだ。今季1年を通じてプレミアリーグの強度でポゼッションすることに十分慣れた。むしろワンタッチではたく意欲の強い日本代表MFとしては、近場に選手が配置されることで以前よりさらにボールを失うことが減るはずだ。あとは長めの縦パスを前線につけられるようになると、さらに存在感を増していくことになる。 また、SBがビルドアップにおいて大きな役割を担うため、トレント・アレクサンダー=アーノルドが自身のワールドクラスのキック能力をより輝かせる展開も予想できる。彼にとっては一番やりやすい位置でプレー出来ると言っても過言ではない。またフェイエノールトでは、攻撃性能が高い右SBルシャレル・ヘールトロイダにだけ若干の自由を与えるという例外も作っていた印象だ。この例外をリバプールでもそのまま当てはめれば、間違いなく機能するはずだ。 いずれにしても低い位置で人数をかけないビルドアップは、前線の選手が前残り出来るという恩恵を作る。スロットはポゼッション型の監督ではあるものの、ストライカーに過度なパス要件を求めない。偽9番など難しい動きはさせず、最終ラインでDFラインと駆け引きさせておくことの方が多い。この点はやや不器用なダルウィン・ヌニェスにとって朗報だ。 このようにスロットのサッカーはチームに変化をもたらすものの、その特徴をしっかりと観察すると、現在のリバプールの選手たちは十分フィット可能だ。このちょうどいい監督を選ぶあたり、リバプール首脳陣の人選は流石と言わざるを得ない。 一方で懸念点はゼロではない。やはりマネジメント面だ。 ●最大のネックは… 前任者のクロップが世界でも屈指のマネジメント能力を持つ監督だったため、誰がきてもやや見劣りするのは確かだ。しかしスロットはまだフェイエノールトの監督にも関わらず、リバプール行きを希望する旨を明言するなど、やや気が使えない部分があることは明らかだ。オランダメディア『NOS』によると、2020年にAZから解任された理由は在任中にフェイエノールトへの移籍交渉を行ったためらしい。コミュニケーションで幾らかの軋轢を起こすタイプなのだろう。 ただ現状、クロップの後任を務めるという本来ならプレッシャーがかかりすぎるチャレンジに手を挙げるには、幾分かの傲慢さがないと難しい部分がある。そう考えると今回の人事がこういうタイプになってしまうのは、多少、仕方がない部分もある。やはり普通の人間の感覚なら、「誰かが一度軽く失敗した後のリバプールの方がやりやすそう」と思うのではないか。 一方でスロットがリバプールで確実にマネジメントで失敗するというわけではない。この手の監督はシーズン序盤で結果を残せば、その結果で周囲を黙らせることが出来る。 実際、米スポーツメディア『The Athletic』によると、2022年のカンファレンスリーグ準決勝マルセイユ戦で、ロングボールを多用する戦術を採用したという。この考えに対して当初オルカン・コクチュら一部の選手はうんざりとしていたそうだが、実際にロングボールから得点が生まれてチームは3-2で勝利できたという。選手たちは監督の慧眼に納得するしかなかったという。 このように結果が出なければ印象が反転するリスクがあるものの、うまくいけばカリスマ性に繋がっていく。この辺りは紙一重の部分ではある。 ただ幸いなことにスロットはチームリーダーであるフィルジル・ファン・ダイクと母国語で会話することが出来る。あるいは副キャプテンであるアレクサンダー=アーノルドとも戦術的相性が高そうだ。このようにチームの中心的な選手の心を掴むことができそうな点はポイントが高い。多少の不満分子は彼らが間に入っていさめてくれるはずだ。 人間関係という観点で最大のネックになりうるのは、モハメド・サラーの存在ではないだろうか。現段階で来季残留か、退団かははっきりしていない。彼のプレーヤーとしての存在感を改めて説明する必要性はないだろうが、新監督との相性が未知数であることも間違いない。 以上がスロットがリバプールに訪れることで生まれる変化と、それに対する展望だ。主に変わっていく部分に焦点を当てたが、前線での守備意識の高さ、攻守の切り替えの早さなど、クロップと共通する戦術的思想もいくつかある。ドイツ人監督だからこそ作り出すことができた情熱的なサッカーは今季で終わりを迎える。しかしながらオランダ人監督と共に歩む新たな進化の旅もまた、これはこれで面白そうであることは間違いない。 (文:内藤秀明)
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