Netflixシリーズ「セナ」ヒーローの生き様に過度なフィクションは不要
当時を思い出させる演出
根強いファンも多いセナだけに、今回のドラマ化には期待とともに不安の声も聞こえていた。中途半端なドラマをつくって伝説に泥を塗るのはやめてほしい」と。 しかしNetflixはアルゼンチンのスポーツカーメーカーCrespiに依頼し、なんとこのドラマのためだけに当時のマシンそっくりの“走行可能な”レプリカを製作した。それも、セナの象徴とも言うべきマクラーレンMP4シリーズのみならず、ロータスやウィリアムズを含む彼のレースキャリアを彩ったほとんどのマシン、フェラーリやベネトンなどのライバル車まで計22台を作りあげた。 さらに、彼の得意コースだったモナコのメインストレートをそっくりそのままウルグアイに建設。巨大な降雨装置を使って30メートルに渡って雨を降らせたというのだから、制作陣の本気ぶりたるや推して知るべし。 レース以外の場面も抜かりはない。セナを演じるのは同じくブラジル出身で、映画『フェラーリ』でもレーサー役を演じた、ガブリエウ・レオーニ。 「俳優としてセナに再び命を吹き込むのは最大の栄誉だ。全身全霊で臨む」と語る。顔立ちがセナに激似というわけではないが、セナがまとっていた憂いを見事に体現している。 日本人にとってはHonda総帥・本田宗一郎や後藤治、僅かだが中嶋悟などが登場するのも嬉しい。おまけにセナの訃報を伝える当時のフジテレビによる現地中継映像も使われている。 当時を知っている人ほど中実に再現されたシーンの数々に驚くはずだ。中でも、初めて母国ブラジルGPを制し、極度の疲労で落としそうになりながらもトロフィーを高く掲げるシーンは、記憶とピタリと重なり涙してしまう往年のファンもいるだろう。 同じくNetflixで配信中のドキュメンタリー映画『アイルトン・セナ ~音速の彼方へ』と見比べてみるのも面白い。
ドラマ以上にドラマチックな実話
そんなリアリティを追求した本作にも気になるシーンがある。 F3の年間チャンピオンを決める最終戦、彼はエンジンが本来の力を発揮するまでの時間を短縮するため、冷却器の排気口をテープでふさぐという奇策に出る。そうすれば確かにエンジンは瞬く間に温まるだろうが、すぐオーバーヒートしてしまう。それを防ぐため、なんと彼はサーキットを全速走行しながら、シートベルトを緩め、身を乗り出し、排気口のテープを剥がすのだ。 このいかにも映画的なアクロバットはさすがに創作ではと疑った。 だがセナの全レースをまとめた書籍にそのような記載があることから、信じがたいが真実のようだ。 波乱万丈過ぎる彼の人生を描くとき、 いかにもドラマチックな創作を入れる必要はない。上述のブラジルGPや、14位まで落ちながら奇跡の大逆転勝利を決めた88年の日本GP、2年連続でのプロストとのクラッシュなど、実話がそこらのドラマ以上に劇的なエピソードに満ちているからだ。 ただ不満がないわけではない。本作がブラジル製作ゆえ、“セナが正義、それ以外を悪”と見なし過ぎている面はあるし、プロストや主催者(特に当時のFIA会長・バレストル)とのぶつかり合いの描写に注力するあまり、マンセルやシューマッハなど他のライバルたちの描写があまりに少ない。 それでも限りない愛と情熱とプライドを持って作り上げられたこのドラマは、あの時代を知っている者には当時の熱さを思い起こさせ、知らない者にもその熱を伝える、そんなエネルギーを確かに持っている。
otocoto編集部