中国の「スマホ・ネイティブ世代」に中国語の「革命」が起こっていた…!
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』の中の新語.流行語.隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
yyds
yyds、xswl、nsdd、srds、whks、bdjw、yygq、yysy、ssfd、bhys、zqsg、djll、zgrb、pycy、gbch……。 アルファベットが仲良く4文字ずつ並んで、何やら暗号のよう。そう、暗号なのだ。中国の若者以外の人たちにとっては。 中国でスマホが普及しだしたのは、習近平政権が発足した2013年頃からである。当時、物心がついたくらいの子供は、約10年経ったいまは高校生になっている。「〇〇後(リンリンホウ)」(2000年代生まれ)の彼らこそは、「スマホ・ネイティブ」の第一世代と言える。 そんな彼らにとっては、漢字という文字が、かったるくて仕方ない。ご先祖様は、なんて複雑な形をした文字を発明してくれたんだろうと、毒づいているに違いない。 日本人からすれば、現在の中国人は偉大な漢字文化を簡体字に変えて、ありゃ何だと思える時がある。例えば、門があるから「開ける」のであって、「开」(「開」の簡体字)とは何? ところが、中国の「スマホ・ネイティブ世代」にとっては、簡体字さえもかったるいのである。何せ中国語では、どんな外来語でも、いちいち漢字に直さないといけない。 「Starbucks」は、日本語なら「スターバックス」と、英語をそのままカタカナで表記すればよいが、中国語は「星巴克(シンバークー)」と漢字に置き換える。現在のアメリカ大統領の名前は、「Biden」「バイデン」「拜登(バイデン)」。 中国でファッション雑誌や車のカタログ、電気製品のマニュアルなどを見ると、日本という同じ漢字文化圏に育った私でさえ、見慣れない漢字の羅列にお手上げとなってしまう。 ところが、さすがは「スマホ・ネイティブ世代」である。日々の微信(ウェイシン)(WeChat)での会話に、打ちやすい英文字を使い始めたのである。しかも、漢字のピンイン(拼音=アルファベット表記の発音記号)の最初の一文字だけを用いて、省略していくのだ。 その代表的な15単語が、冒頭に並べた4文字ずつの英文字というわけだ。以下、個々に見ていこう。 1:yyds=yong yuan de shen(永遠的神/ヨンユエンダシェン) 「永遠的神」とは「永遠の神」。だが神様とは無関係で、「素晴らしい!」「神ってる」と褒めたたえる時に使う語である。 2022年冬の北京オリンピック・パラリンピックで、中国人選手はそれぞれ、9個と18個の金メダルを獲得した。連日、中国人選手が勝利するたびに、微信上では「yyds」の4文字が乱れ飛んだ。 2:xswl=xiao si wo le(笑死我了/シアオスーウォーラ) 直訳すると、「私は笑い死にさせられた」。つまり、「爆笑!」「超笑える」と言いたい時に、「xswl」と打つ。 3:nsdd=ni shuo de dui(你説得対/ニーシュオダドゥイ) 「あなたの言うことが正しい」の意。中国の若者たちと微信を交わしていると、彼らはよく「nsdd」と打ってくる。だが、私はこの4文字を返されるたびに、自分が「説教オヤジ」に思われているようで、複雑な気分である。 4:srds=sui ran dan shi(虽然但是/スイランダンシー) 「虽然A、但是B」というのは、中国語を習った方ならお分かりだろうが、「Aではあるけれども、Bである」という構文である。 「虽然我很忙(スイランウォーヘンマン)、但是想見你(ダンシーシアンジエンニー)」(忙しいけど会いたい)。それを中国の若者は、「srds想見你」と、大胆に構文の前半を省略して書くのである。 5:whks=wu hua ke shuo(無話可説/ウーホアクーシュオ) こちらは、「もう言うことはない」という、やや投げやりな捨て台詞である。「無話可説」という4文字さえ打つ気がしなくて、「whks」と略字で打ってしまう気持ちも、理解できなくはないが……。 6:bdjw=bu dong jiu wen(不懂就問/ブードンジウウェン) 「分からなかったら、すぐ聞いてね」の意。何かの説明を書いた後に、「bdjw」と付け加えることが多い。 7:yygq=yin yang guai qi(陰陽怪気/インヤングアイチー) 中国語の四字熟語だが、一番しっくり来る日本語は、「訳(わけ)が分からない」。「他説(ターシュオ)得真(ダジェン)yygq」(彼の言っていることは、まったく訳が分からない)のように使う。 8:yysy=you yi shuo yi(有一説一/ヨウイーシュオイー) 「U1S1」とも書く。日本語でピッタリ来る訳語は、「正直言って」「ぶっちゃけ」など。『2021 有一説一』というネットのトーク番組も放映されて人気を集めた。 9:ssfd=se se fa dou(瑟瑟発抖/スースーファードウ) 難しい4文字だが、これも中国語の四字熟語で、「ぶるぶる震える」という意味だ。いまの若者は、漫画の主人公のように感情を大仰に表に出すことが多いので、日本語の俗語「ガクブル」(ガクガクブルブル)を「ssfd」と打ち込む。 10:bhys=bu hao yi si(不好意思/ブーハオイース) これも日常会話でよく使う語で、日本語の「すみません」にあたる。「すみません」を「sms」と打ってしまうような感覚だ。 11:zqsg=zhen qing shi gan(真情実感/ジェンチンシーガン) こちらも四字熟語で「本当の気持ち、実感」という意味。だが、微信などで使われる時には、日本語の「マジだよ」に近い。 12:djll=ding ji liu liang(頂級流量/ディンジーリウリアン) 「頂級」は「トップクラスの」という意味の形容詞。「流量」は、元は水や電気などが流れ出る量だが、スターの話題がネットなどで流れ出る量を指す。略して「頂流」で、「超話題(のスター)」の意。「頂流明星(ディンリウミンシン)」と言えば、「トップスター」のことだ。 13:zgrb=zuo ge ren ba(做個人吧/ズオグーレンバ) 一番ピッタリ来る訳語は、「しっかりしなよ」。私がこの言葉で、鮮明に記憶している記事がある。2021年9月に中国全土で公開された国策映画『長津湖』に関するものだ。 邦題は『1950 鋼の第7中隊』。朝鮮戦争(1950年~’53 年)で、中国人民義勇軍が「抗美援朝(カンメイユエンチャオ)」(アメリカに対抗して北朝鮮を助ける)を掲げて勇敢に戦う様子を描いた愛国の物語で、中国映画の興行記録を塗り替える大ヒットとなった。ところが、著名なジャーナリストの羅昌平氏が、「こんなこと本当にあったのか?」と疑問を投げかけたのだ。 結局、羅氏は逮捕され、2022年5月に7ヵ月の実刑判決を受けて、全面謝罪に追い込まれた。この時、中国を代表するネットメディアの一角『網易新聞(ワンイーシンウェン)』の記事のタイトルが、「羅昌平、做個人吧!」だった。羅氏はしっかりしていたからこそ、そう発言したようにも思えたのだが……。 14:pycy=peng yi cai yi(捧一踩一/ポンイーツァイイー) 直訳すると、「一方を捧げて、もう一方を踏みつける」。ネット上でよく使われるのは、あるスターのヘアスタイルを褒めたついでに、別のスターの髪型をけなすことなどだ。 15:gbch=ge bi chao hua(隔壁超話/グービーチャオホア) 「隔壁」は「壁を隔てた」「隣の」で、「超話」は「非常に気になる話」。つまり「壁越しでも聞きたくなる興味津々の話」という意味だ。 以上、15単語について解説したが、他にもたくさんある。「スマホ・ネイティブ世代」によって、中国語に「革命」が起こっていることが、お分かりいただけただろう。 彼らはそのうち、自己紹介する際に、「wszgr」と言うようになるかもしれない。「我是中国人(ウォーシーチョングオレン)」(私は中国人です)の略語である。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)