ラストシーンの意味は? 終盤に込められた狙いとは? 映画『トラップ』評価レビュー。M・ナイト・シャマラン最新作を徹底考察
左右の分裂が再び強調されるリムジンのシークエンス
同様にこの法則は、ハートネットとレディ・レイヴンを演じたシャマランの娘サレカが対峙するいくつかの重要なシーンにも共通して確認できる。父シャマラン演じる会場スタッフを巧みに説得して、ライリーをドリームガールとしてステージに上がらせることに成功したハートネットは、その後ステージ脇から娘とともにライヴを見守る。一方で、一旦ステージを終えたレディ・レイヴンは、バックステージで水分補給を行ったあと吸入機を使用する。※1 その様子をステージ脇から彼女を見つめるハートネットの視点ショットとして示したカメラは、続く切り返しショットでは、ステージ背景によって左側が隠された、ハートネットの右半分の顔だけを切り取る。ここで、彼女を見つめる視線がブッチャーとしてのそれであったことが判明する。 これ以降サレカとハートネットが二人きりでフレーム内に収まる場面はいずれも、この左右の対立を意識させる形で撮影されている。まず、二人がメイク室ではじめて二人きりになるシーンでは、ブッチャーが監禁相手の画像をレディ・レイヴンに見せることで彼女を脅迫する。通報をすればすぐに監禁中の男を殺すと告げる彼は、不気味な笑顔を見せながら、「彼を救うか、俺を捕まえるか」(”Save him?” “Catch me?” )と交互に二度繰り返しつつ、首を左右に傾ける。ここでも、”Catch me”と告げる際の彼はやはり、ブッチャーと右半身の対応を示すように首を右に傾けている。 また、レディ・レイヴンが彼らの自宅を訪れた後、二人が妻レイチェル(アリソン・ピル)の車に乗りこんだ際に訪れる二度目の対決場面はより印象深い。カメラが運転席に腰かけるハートネットの右半身のみを捉えるなかで、レディ・レイヴンは彼の母を演じつつブッチャーを説得しようとする。ここでは二人の会話から、先行するシークエンスで二度にわたって登場した幻がおそらくはハートネットの母のものであったことも明らかになる。だが、彼は若干の動揺を見せるものの自首には至らず、結局は彼女を乗せたまま車を発進させる。※2 さらに、レディ・レイヴンのリムジンで彼らが再び二人きりとなるシークエンスでは、再度クーパー/ブッチャー、左右の分裂が強調される。彼はレディ・レイヴンに人間の心は「バラバラ」であると告げたのち、右半分の顔でバックステージの彼女を見つめていた際に「衝動に駆られた」と告白する。こうして、すでに画面上で提示されてきた対立関係が、セリフのレベルでも確認される。その後、絶体絶命の状況からなんとかリムジンを抜け出した彼は、またも一瞬右半分の顔だけを捉えられた後で、密かに自宅へと戻る。 ――――――――――――――― ※1 サレカが実際に喘息であるのかは不明だが、父シャマランは幼少期に喘息に苦しみ、その経験は『アフター・アース』(2013)の主人公キタイ(ジェイデン・スミス)が吸引機を使用する設定に投影された。 ※2 シャマランが配給会社への宣伝時に多用していた本作のキャッチコピー「もし『羊たちの沈黙』がテイラー・スウィフトのコンサートで起きたら?」は、ブッチャーと彼を追うFBIのジョセフィン・グラント博士(ヘイリー・ミルズ)の関係が映画を引っ張るかのように予想させつつ、実際にはレディ・レイヴン、さらには妻までもがある意味でクラリス・スターリングの役割を果たすという不可解な裏切りに帰結する点で、うまくいっているかは別としても、いかにもシャマラン的な遊び心に満ちているだろう。