ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
<死活的に重要な東部の前線でロシア軍にやられっぱなしのウクライナ軍が、なぜ北に離れたロシア国境のクルスクで奇襲をかけたのか。もしやロシアの罠ではないのか>
ロシア西部クルスク州への侵攻を続けているウクライナ軍について、その目的と大胆な作戦がどこに行き着くのかという臆測が高まっている。一部のロシア国営メディアは、ロシア侵攻は、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領にとって自縄自縛の「罠」となり、最終的にはプーチンが勝つだろうとほのめかしている。 【動画】ウクライナが占領したロシア国境の町スージャ、変わり果てた姿 ロシア政府の国営メディアは、ウクライナがいとも簡単にロシアに越境攻撃を成功させた理由を解明しようとしている。たとえば国営通信社RIAノーボスチは、ウクライナ軍の作戦開始から1週間後の論説で、ロシア軍は「状況を掌握している」と述べた。その前日には、親ロシア政府派のツァーリグラードが、ウクライナ軍部隊が「罠にはまり」大損害を被ったと伝えた。 だが、事実を捻じ曲げたこのような解説は、ロシアの軍事ブロガーを含めてウクライナ側の優勢を示す証拠・証言と食い違う。ゼレンスキーは8月15日にウクライナ軍が天然ガスを西側に送る拠点の町スジャを占領したと述べている。 双方とも自分たちをよく見せようとするのは当然だが、これまでのところクライナ軍が罠にはまったという証拠はない。一方で、ウクライナが次に何をしようとしているのか、プーチンはそれに対抗できるのかが、大きな疑問なのは間違いない。 ■プーチンの警告通りの「侵略」 ウクライナは東部のドンバス地方でロシア軍の進軍を留めているべき最強部隊を、北に離れたロストフ州の侵攻に使っている。ロシア軍が効果的な反撃を仕掛けてくれば危険な場所だ。 ロンドンのキングス・ビジネス・スクールのマイケル・A・ウィット教授(国際ビジネス・戦略)は、ウクライナ軍は「戦線を拡大しすぎて、貴重な人材や資源が失い、プーチンのほうはこれを口実にさらなるエスカレーションを起こす危険性がある」と指摘する。 プーチンは今回の越境攻撃を、ウクライナ戦争を国内向けに正当化する理由として利用できるかもしれない。彼はこれまで、ウクライナ侵攻を開始したのは、ロシアが西側からの脅威にさらされており、ウクライナは西側の手先だからだと主張し続けてきたからだ。 「二つの力が正反対に働いている。ひとつは、ロシアが脅威にさらされているという物語を強化する働きだ。国家的な危機の時期に生じる『旗下結集効果』が働いて、プーチンへの支持を高めることになるかもしれない」と、ウィットは本誌に語った。 「もう一つの正反対の動きは、プーチンとその政府がロシアを守るにふさわしい指導者かどうかに疑念を投げかける動きだ」と、彼は言う。「プーチンが支配者として力を失う明確な兆候はないと思うが、独裁者の末路はえてして突然なものだ」 ロストフ州でロシア軍がウクライナ軍の攻撃を防げていないことで、ロシア側には領土防衛にあたる予備軍が不足していることが明らかになった。ただでさえ、ウクライナ東部と南部の前線では死傷者が続出して兵力が減少している。ロシア政府は兵役に対する報奨金を増額するなどの優遇策も実施しているが、徴兵はうまくいっていないようだ。 ロシア国防省に近い匿名の情報筋の話では、年内には新たな動員が行われ、休みが必要な前線部隊の交代要員になる可能性があるという。 ウクライナよる越境攻撃がある意味プーチンの思う壺なのはは、「ウクライナのNATO加盟は許せない」というプーチンのかねてからの主張が改めて説得力をもつからだと、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのシンクタンク、LSE IDEASのビク・ビクサノビッチは言う。 ■本当の戦争は東部と南部 フィンランドを拠点とするオープンソース情報分析会社ブラック・バード・グループの軍事専門家エミール・カステヘルミは、人的資源が不足しているのはウクライナ軍も同じだと指摘する。そこで今回のような越境攻撃を行えば、ウクライナにとって貴重な人材をいたずらに消耗させることになりかねない。 「多くの人命と装備を犠牲にしてロシア国境の村を数十ばかり占領しても何の役にも立たない」と、彼は本誌に語った。「普通に考えて、この戦争はクルスクでは解決しない。最も戦略的に重要な地域は、依然としてウクライナ東部と南部だ」 ビクサノビッチも、ドンバス地方でロシア軍に「圧倒されている」ときに、ウクライナ軍が越境攻撃を行うのは道理に合わないと言う。たとえそれでロシアの国境の守りの弱さとロシア指導層の無能さが明らかにできたとしても、それで戦争に勝てるわけではない。 ウクライナによるロシア侵攻の狙いの一つは、ウクライナ軍の士気がまだ高いことを証明し、西側諸国からの支援を引き出すことかもしれないと、ビクサノビッチは言う。「ウクライナはアメリカ大統領選挙の結果を警戒している。もしトランプが勝てば、ウクライナへの援助を停止するリスクがあるからだ」
ブレンダン・コール