会社員も確定申告が義務になる!? 河野大臣も主張する「年末調整廃止」政策を元・国税調査官が解説
自民総裁選のなか、河野太郎デジタル相が示した「年末調整廃止案」。河野大臣は、税や社会保険料など所得に関するデータを国が一元管理することで、必要な人に対象を絞って物資や補助金などを支給する「デジタルセーフティーネット」構想を提唱。そのためには「すべての国民に確定申告してもらう」とし、賛否が巻き起こっている。ただ、年末調整廃止論を主張したのは河野大臣が初めてではなく、今後もその是非について議論が続く可能性もある。元・国税調査官で税理士の松嶋洋氏が解説する。 【写真】悩みの種となっている確定申告 * * * 具体的な中身についての言及はありませんでしたが、河野大臣が総裁選の中で主張した「年末調整廃止・国民皆確定申告」を聞いて私が真っ先に思ったのは、「こんなことをしたら、税務署が大混乱に陥る」ということです。 実際に税務署で確定申告の業務に従事した経験から言うと、日本人は想像以上に税を知らない。最近はインターネットでの確定申告が推奨されていますが、税務署の相談窓口には毎年人が殺到します。お金に関わることなので、「間違ってないと思うけど、一応中身を確認してほしい」という人もいれば、そもそもやり方すらわからないという人も多い。 そんな状況で、年末調整だけで済んでいた会社員まで一斉に押し寄せることになれば、税務署の負担が激増することは火を見るより明らかです。もちろん、大変なのは確定申告の時期だけではありません。過少申告や申告漏れなどによる税務調査の数も、当然増加するはずです。 一部の賛成派はネット上で「マイナカードで紐づけて申告を自動化するから窓口業務は増えない」という主張を展開していますが、説得力がありません。会社員ひとりひとりが税理士をつけるようになるとは考えにくく、申告自体は自動化されたとしても、「税務署に質問したい」というニーズが増えるからです。その場合は一件ずつ、職員が対応せざるを得ません。 ■現場で危惧される混乱 そうしたなか、特に懸念されるのが、還付に関わるトラブルです。とりわけ会社員の給与は多めに源泉徴収されていることが多いため、所得税還付の対応も増えるはず。還付の処理はデジタルと人力の二段構えで厳密にチェックを行っていますが、4~5回見直してもなおミスが見つかるほど煩雑を極めます。昨年も大阪府で約1500万円も多く住民税を還付してしまったというミスが起こりましたが、大小さまざまなトラブルが後を絶たないでしょう。 河野大臣は、年末調整を廃止するメリットの一つに「企業の手間がなくなること」を挙げています。私のもとにも毎年たくさんの中小企業から相談が寄せられますし、企業にとって年末調整の事務作業が結構な重荷となっているのは事実です。 しかし、それなら国税庁で事務作業を簡略化できるようなソフトを作って企業に配布したほうが、よっぽど合理的だと私は思います。わざわざ全国民に確定申告させるほうが手間ですし、ぶっちゃけ余計な混乱を招くだけです。 国としても、年末調整を続けたいというのが正直なところだと思います。というのも、年末調整には税を回収しやすいというメリットがあるからです。過少申告や申告漏れなどによる追徴課税があった場合、個人を追究するより会社から徴税できたほうが取りっぱぐれも少なく、圧倒的にラク。「徴税の確実性」において、年末調整は本当によくできているわけです。 ■マイナンバーカード普及のための政策