WHOの命名から6日後に研究成果を公表!「ミュー株」神速論文の舞台裏【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
連載【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】第45話 これまで新型コロナ研究で数々の成果を上げてきたG2P-Japan。しかし、そのすべてが順風満帆に進んだわけではない。今回は、数ある中でも筆者の印象に残っている「ラムダ株」と「ミュー株」の研究を振り返り、そこから得た教訓について述べる。 * * * ■「ラムダ株」と「ミュー株」 この連載コラムではこれまで、新型コロナ研究コンソーシアム「G2P-Japan」の成功例ばかりをフィーチャーして紹介してきた。しかしもちろん、研究というのはそんなに順風満帆なことばかりではない。 平時の(通常の)研究活動というのは、時間をかけても研究対象の真実を追求することに執心するのが基本スタンスである。それに対し、「新型コロナパンデミックの中での新型コロナ変異株の研究」のような有事の研究活動は、「ある変異株の特性・性質」という研究対象が、社会の関心とオーバーラップすることによって発生する。 そのため、その研究対象に社会の関心が集まっている場合にのみ、それを解明することの社会的インパクトが高まる。30話では、このような平時の研究と有事の研究のスタンスの違いを、それぞれ「カーリングとボッチャ」というスポーツに喩えて紹介した。 「ポッチャというスポーツをカーリングのルールでプレーしてはいけない」、つまり、「有事の研究に平時の研究のノリで取り組んではいけない」ということなのだが、今回のコラムでは、この切り替えに失敗した「ラムダ株」の研究の話と、その逆に大成功を収めた「ミュー株」の研究の話を紹介する。 ラムダ株とミュー株は、どちらも2021年夏頃に出現した、「注目すべき変異株(VOI: variant of interest)」に分類された変異株である。 2021年の春、世界保健機関(WHO)が、流行拡大する変異株にギリシャ文字の名前をつけることを決めた。アルファ株、ベータ株、ガンマ株。すでに見つかっていた"ヤバいやつら"にはすぐに名前がつけられた。 そして、名前がつけられた株は、その流行規模や流行ポテンシャルなどからクラス分けされ、パンデミック(世界的大流行)を起こしている、もしくはその可能性がある株を、最高ランクである「懸念すべき変異株(VOC: variant of concern)」として分類した。一方、ある国や地域での限定した流行であるが、将来パンデミックを引き起こす可能性がある株を、「パンデミック予備軍」として「注目すべき変異株(VOI: variant of interest)」に分類した。 余談だが、思い返せばこの命名ルールも、結局は基準がよくわからずじまいであった。6話で紹介した、G2P-Japanの処女作の研究対象となった、当時「カリフォルニア株」と呼んでいた株には、「イプシロン株」というオフィシャルネームがつけられ、これは一時VOIにランクづけされた。 それと時期をほぼ同じくして、アメリカ(特にニューヨーク)などでたくさん見つかっていた変異株たちに、片っ端からゼータ株、イータ株、シータ株、イオタ株、と立て続けに名前がついた。そしてその年の初夏にインドで見つかったのが、VOIに分類されたカッパ株と、VOCに分類され、その後世界中に広がってパンデミックを引き起こしたデルタ株である。 この頃には、ギリシャ文字の名前がつくと、世界中の研究者が注目して研究を開始する、という空気が生まれていたと記憶している。そして、2021年6月14日、WHOは、南米の、特にペルーやエクアドルで流行拡大していた株に、「ラムダ株」という名前をつけた。これによってこの株に世界中の研究者の注目が一斉に集まり、研究競争が始まる。
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