借金まみれで難病に倒れた父、借金を被った母、統合失調症で働けない兄を見送り…70代女ひとり、今日も元気に四面楚歌
連載「相撲こそわが人生~スー女の観戦記』でおなじみのライター・しろぼしマーサさんは、企業向けの業界新聞社で記者として38年間務めながら家族の看護・介護を務めてきました。その辛い時期、心の支えになったのが大相撲観戦だったと言います。家族を見送った今、70代一人暮らしの日々を綴ります * * * * * * * ◆遠吠えをする気力がない 私は若い頃から年上の知り合いが多く、その人たちの話から良いことも悪いことも学ぶことが多かった。 50代に入ろうとする頃だった。職種は違うが同じ会社の7歳年上の女性が私に言った。 「『負け犬の遠吠え』(酒井順子著、2003年、講談社刊)という本を読んだわ。私たちみたいのを『負け犬』と言うそうよ」 当時、「負け組」、「勝ち組」という言葉が大流行し、この本の「負け犬」というのは、未婚で子供がいず、30代以上の女性のことで、著者自身もそうなので、反響を呼んでいた。 私は、「書いた人は偉いよ。私は遠吠えをする気力もない」と答えた。 先輩は、「私たちは旦那いず、子供いず、お金のある父親もいない。おまけに真面目に働いても給料が安い。老後は四面楚歌だね」と言った。 現在70歳以上で働いてきた女性の中には、会社にもよるが入社の時に「結婚したら会社を辞めます」と宣言させられたり、30歳近くなると会社にいずらくなり、結婚すると嘘をついて辞める人もいた時代である。 この先輩は、「結婚って縁よ。結婚できる人は山奥に1人で住んでいてもできるのよ。結婚なんてどうでもいいわ」と言い、一人で楽しく生きる道を究める方向に進んだ。 70歳を過ぎると、夫を亡くしたり、頼れる子供がいない人が加わり、孤立した女性が私の周りに増えた。
◆財産を渡したい人と渡したくない人 私の知り合いに、私より10歳年上で、大企業でその有能さを認められ出世した女性がいる。当時としては珍しいことだったが、聡明で人柄が良く、困難な仕事にも立ち向かっていた。彼女は一人っ子で独身。定年退職後に両親は他界し、両親が住んでいた家をリフォームして一人で住んでいる。彼女は70代になると自分が亡くなった時、両親の残した財産と自分の財産、そして先祖代々から伝わる価値のある遺品を、親戚の若い人たちに渡したいと考えた。 私とはあまりにも違いすぎて、「うらやましい」という感情がおきない。私は借金まみれのまま難病に倒れた父、その借金を被った母、統合失調症で働けない兄と暮らしていたため、自分の稼いだお金を家族に渡さなくてはならなかった。家族が裕福だったら、金銭的に苦労しない老後を過ごせたと思っている。そんな話をしても、彼女には想像できないようで、財産があることの大変さを相談してくるのだ。 私は、「『遺贈』はどうですか?遺言を書いて、社会的に貢献している団体に寄付をしたら…」と言った。しかし、彼女は「私は子供がいないから、血縁のある人に渡したい」と言うのだ。 私は、後見人制度について学ぶセミナーに参加した時のことを思い出した。身なりの良い80代後半と見える男性が、杖をつくというよりも、杖にすがるようにしてセミナー会場に入ってきたのだ。係員は驚いて、支えるようにして前の席に座らせた。 その男性は、「息子が『遺言を書け』と言って弁護士を連れてきた。息子に財産を渡したくない。後見人についてもらうと戦えるのか?」と言い出した。 係員は、「初歩的なセミナーで相談会ではないのですが、ご参考になればと思います」と説明していた。 セミナーが終わるとその男性は、「ありがとう。とにかく息子には財産を渡せない」と言って、また杖にすがるようにして帰った。「息子に財産を渡したくない」という執念が、杖よりも強く、この男性を支えているように思えた。血縁のある人に財産を渡したくない人もいるのだ。