AIが「97%」と答えを出しても残りの3%に賭けたい…アーチェリー山本博氏が今も現役を続ける“非合理“な理由
70メートル先の直径122センチの標的を射抜く。手元のわずかなブレが、数十センチもの誤差を生むアーチェリーの世界で、山本博氏は61歳の今もなお現役選手として競技の場に立ち続けている。アテネ五輪で銀メダルを獲得し「中年の星」と称えられてからすでに20年。ビジネスの現場と同様、その間、環境と時代は幾度も変化した。その変化も味方につけて活躍を続ける、山本氏の発想法を聞いた。(前編/全2回) 【写真】山本氏「勝者は101回目の挑戦に踏み出せる」 ■ モチベーションとは自分への期待 ――アーチェリー選手として頂点を極めた山本さんが、還暦を過ぎた今も現役を続けていることに驚かされます。 山本博氏(以下敬称略) 先日ちょうど国民スポーツ大会の東京都選考会があったのですが、このレベルの大会では人生初の3位通過でした。自分はここまで落ちてきているか、と…悔しいし、情けないですね。 今日は朝病院に行って診察してもらって、このインタビューの直前までここ(日本体育大学)で練習していました。体がギブアップしない限りは現役を続けるつもりです。 ――現役を続けるモチベーションはどこから来るのでしょうか。 山本 モチベーションというのは、すなわち自分への期待ですよね。まだ選手として上昇する可能性があると期待しているんです。「こういうことができればまだ戦えるな」という明確なイメージがある。 これまで積み重ねてきた経験や、体の調子などを見ながら、「今日の練習ではこんなことをやってみたらどうだろう?」と仮説を立て、実行する。それを繰り返すことで、次の本戦では1位、2位通過の選手を圧倒できるのではないか──そう自分に期待しながら日々練習しています。
■ 自分でできることは多い方がいい ――普段の練習を見てくれるコーチはいるのですか。 山本 コーチはいません。練習メニューも体のケアも、全て自分で考え、実行しています。これまでの50年近い競技人生でずっとそうしてきました。 アーチェリーのようなマイナー競技は、メジャー競技と違って研究者やコーチ、トレーナーといったブレーンがほとんどいません。それこそ私が高校生や大学生の頃は、スポーツとは程遠い文化部に近い雰囲気で、練習方法やトレーニング方法もまったく確立されていませんでした。 だから私自身、手探りで練習方法やトレーニング方法を研究し続けてきました。日本体育大学に入学してからは授業で栄養学やトレーニング学を学び、その科学的なメソッドをアーチェリーに採り入れていきました。 それが、21歳で挑んだロサンゼルス五輪(1984年)での最初のメダルにつながっています。だから今も、なるべく周囲には頼らず自分で探究する姿勢を大事にしています。 ――選手、コーチ、トレーナーと分業が確立されているのが現代のスポーツでは普通のことですよね。 山本 そうですよね(笑)。でも、練習方法も体のケアも、初めから誰かを頼ろうとするか、自分自身で考えてコーディネートするかで、選手として、ひいては人間としての質がまったく変わってくると私は思っています。 自分ができる範囲は可能な限り広げた方がいいんです。その上で、協力者が加わったらもっとできることが広がりますからね。 ビジネスパーソンでも、会計も営業も企画もできるのがベストではないでしょうか。全体を見渡せるようになるために、まずはそれぞれの分野に精通することは重要かと思います。 ■ 体裁よりも探求 ――2015年に大学院(弘前大学大学院医学研究科博士課程)で医学博士号を取得したのも、自分ができる範囲を広げようとした結果ですか。 山本 私は、選手を続ける中で病院のお世話になることが多かったので、医学的な知識はそれなりに持っていました。ただ、若い選手から「肩を壊した」「ここの具合が悪くなった」など体のことに関する相談を受ける機会が増えてくると、裏付けが必要だと感じて学生になりました。 在学中、教授たちには散々質問をしましたね。卒業する際はお世話になった教授に「今までの学生の中で一番質問したね」と言われました(笑)。 ――日本体育大学では、体育学部教授として教鞭も執っています。 山本 私が指導教官を務める「山本博ゼミ」では、学生自身が探究したいテーマを自由に設定してレポートを書いてもらっています。「なぜ高校野球の人口が減っているのか」「ソングリーディングという競技はなぜ生まれたのか」など、みんな面白いテーマを持ってきますよ。 レポートを書く際には、生成AIの使用も許可しています。体裁にとらわれるよりも、まずは興味のあるテーマを探究することの大切さを学んでほしいと思っています。 私は、物の深いところまで見て探求するのが好きなんです。アーチェリーという競技は、野球やサッカーのように遊びが起源のスポーツではなく、もともとは武器だから、同じ動作の繰り返しだし、正直、面白くありません(笑)。普通の人なら単調ですぐに飽きてしまう。でも、私は飽きずにアーチェリーを探究し続けられるから、今日まで現役を続けていられるのかもしれませんね。