民間企業を妄信する日本…世界の潮流に逆行して「水道民営化」を進めたヤバすぎる信仰
「終わりのない成長を目指し続ける資本主義体制はもう限界ではないか」 そんな思いを世界中の人々が抱えるなか、現実問題として地球温暖化が「資本主義など唯一永続可能な経済体制足りえない」ことを残酷なまでに示している。しかしその一方で、現状を追認するでも諦観を示すでもなく、夢物語でない現実に即したビジョンを示せる論者はいまだに現れない。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 本連載では「新自由主義の権化」に経済学を学び、20年以上経済のリアルを追いかけてきた記者が、海外の著名なパイオニアたちと共に資本主義の「教義」を問い直した『世界の賢人と語る「資本主義の先」』(井手壮平著)より抜粋して、「現実的な方策」をお届けする。 『世界の賢人と語る「資本主義の先」』連載第14回 『日本の労働組合は「ごっこ遊び」レベル…「労働運動後進国」に生きる我々が今すべきこと』より続く
パリの挑戦
「今のように物価が上がっている時は特に、民間企業なら値上げの理由をいくらでも挙げただろう。われわれは違う。水は“コモン”(共有財)であり、低所得者でも水道代を払えることが重要だからだ」 フランス・パリ水道公社(オー・ド・パリ)で事務方トップを務めるベンジャミン・ガスティンは誇らしげに語る。パリは世界中で水道事業を手がける「ヴェオリア」と、同社が買収を決めた「スエズ」の「水メジャー」2社が本社を置き、長らく水道が民営化されてきた。水道民営化の中心地とも言えるパリで異変が起きたのは、2008年のことだ。 左派市政の下、パリは2008年11月、水道を再び公営化することを決めた。水道料金は約25年間で3・6倍にも上がったのに、原価はブラックボックス化しており、妥当性が判断できないという問題意識からだった。すべての人に必要な水道という公益事業の運営ノウハウが、市当局から失われているという危機感もあった。
水メジャーの抵抗
世界的に注目される国際都市で、本拠地でもあるパリでの契約を失うことに抵抗する水メジャーと市当局の暗闘は激しかった。ガスティンは「彼らは強大な政治力を使い、市に水道の管理は無理で大失敗に終わるというキャンペーンを張った」と振り返る。2社は料金徴収に必要な顧客台帳や、どの水道管の補修をいつ終えたかといった記録すら提供を拒んだという。 他の自治体の助けも借り、公社が事業を開始したのは2010年1月。一年あまりの準備期間しかなかったが、その後の実績は目を見張るものがある。 2023年1月時点で一立方メートル当たりの水道料は1・06ユーロ(約160円)。東京都が標準的な一般家庭の例として出している約100円は上回るが、物価が上がり続ける中、再公営化当初と比べ約5パーセントもの値下げを実現した。 さらに、水源地での水質保全のため、パリから遠く離れた農村地帯での有機農業推進にも乗り出した。水源付近一帯の農家に、農薬や殺虫剤を使わないことに対する補助金を公社が支出する。