日本経済「失われた30年」からの大転換、これからゆるやかに「インフレ」が続いていく理由
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌… なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換…… 発売即重版が決まった話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
予想7 緩やかなインフレーションの定着
市場の競争環境が変化してくれば、財・サービスの価格の構造も変動していくとみられる。そうなれば、これまで日本経済が長く経験してきたデフレーションの構造が転換し、物価は持続的に上昇していく局面に移っていくと予想できる。 価格の動向を占ううえでまず重要になるのは、企業のコスト構造がどう変わっていくのかという点である。この点、労働市場がひっ迫して賃金水準が上昇することで人件費が上がっていけば、企業はそのコストを商品やサービスの価格に転嫁せざるを得なくなる。 自動化技術の発展によって省人化が進む中で、その一部はイノベーションによって吸収されることになる。しかし、技術革新には一定の限界がある。多くの領域で人手ほどの優秀なロボットは見つかっておらず、科学技術がすべてを解決してくれると思うのは幻想である。企業による生産性上昇で吸収できないコストの増加分は商品価格に転嫁され、その負担は消費者が負うことになる。そうなれば、今後もサービス物価を中心にコストプッシュによる物価上昇は進んでいくことになるだろう。 企業の価格戦略に関係するのは、その企業が直面するコスト構造だけではない。企業が商品やサービスの価格を引き上げることができるかどうかは、その商品やサービスが属している市場の集中度に依存する。つまり、競合企業が多く、少しでも価格を引き上げれば他企業にシェアを奪われてしまうような市場環境下においては、企業は価格を引き上げることを避けるだろう。一方で、安い価格でサービスを提供する事業者が撤退することで市場の競争環境が緩めば、生き残った企業はその価格を積極的に上昇させることが可能になる。 これまで日本の物価が持続的に下落してきた背景に、価格が上がらないことが当たり前だとする企業や消費者の慣習やその期待の偏りを掲げる議論は多い。確かに、バブル期において、右肩上がりで経済成長をしていた時代の慣性に流される形で過剰投資を行った過去の経験を踏まえれば、近年において、物価は上昇しないことが当たり前という過去の慣習にさまざまな経済主体が影響されたという側面はあったと考えることもできる。 しかし、低い賃金水準で大量の労働力を確保できる労働市場の環境が価格の安いサービスの提供を可能にした側面があったということもまた事実だろう。あるいは、その結果として生産性の低い企業の退出が遅れることで企業の新陳代謝がうまく進まず、市場が競争的になっていたということも、企業が価格を上げられない根本的な要因としてあったはずである。 これからの人口減少経済においては、コストプッシュによる価格上昇圧力は高まるはずだ。生産性の低い事業者が撤退することで市場の競争環境が緩めば、生き残った企業は財やサービスの価格をより積極的に引き上げることができるようになる。今後の日本経済においては、こうした構造変化に伴って、緩やかなインフレーションが定着していくとみられる。 なお、物価が継続的に上昇していけば、為替を取り巻く環境も変わってくる可能性がある。現在の日本円は、実質実効為替レートでみれば歴史的な円安水準にある。この点、現下の日本円の過小評価を調整する経路は主に二つの方向性がある。 つまり為替が円高方向に修正されるか、物価上昇が進むことで円の価値が切り下がり、結果的に現在の為替水準に調整されるかというシナリオである。どちらが実現するかはわからないが、長期的にみればいずれかもしくは両方の作用が働く形で現在の円安は調整されることになるだろう。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)