高校時代に悩まされた「バスの渋滞」が原点 オーバーツーリズム解消を研究
人の行動に働きかけ、混雑緩和を図る
せっかく旅に出たのに、目的地までのアクセスが悪かったり、旅先で交通渋滞に巻き込まれたりすると、それだけで旅行全体の満足度が下がってしまいます。混雑の緩和にはどんな手立てがあるのでしょうか。 「道路や観光スポットの混雑は、その場所の許容範囲を超えた人や車の流入が原因です。これを緩和するためには、利用者を時空間で分散するように仕掛けて、需要(利用したい人)と供給(提供するサービス)のバランスの取れたマッチングを図ればいいのです」 例えば、周辺の施設の入場料を安くして、混んでいる施設から誘導する、あるいは複数の周遊ルートを提案して同じ時間帯に人が集中しないようにする、アトラクションと移動手段をセットにして人の流れをコントロールする、といったアイデアが考えられます。人の行動に働きかけて多様な需要をつくりだすことで利用者を分散させ、混雑の緩和を図るという方法です。 「時空間上の需給マッチングを高い精度で行いたいというのが、我々の目指すところです。とくに観光のような個別性の高い行動の場合は、いつどんな人がどこからどこへ移動するのかを、旅行者一人ひとりのレベルで予測する必要があります」 スマホの位置情報から蓄積される人流データのようなビッグデータを使えば、個人レベルまではいかなくとも、こういう人たちはだいたいこんなふうに動くというところまでは、わかるようになってきました。 「人の動きはわかっても、なぜそう動いているのかという理由はわかりません。しかし、これにSNSデータを組み合わせれば、上がっている写真の傾向から、その人がどんなテーマを持って旅をしていたかの推測ができるかもしれません。アンケート調査して直接聞くという手もあります。いろいろなデータを組み合わせて、どういう人が、どのような動きをしているのかを精度高く特定することに取り組んでいます」
「地域住民の幸せ」を目標に
どうやったら精度の高い、時空間の需給のマッチングを実現していけるのか。その鍵になると清水教授が考えているのは、MaaS(Mobility as a Service)です。MaaSとは、列車やバスなどの公共交通機関やレンタカー、タクシーなどさまざまな移動手段を利用した移動経路の検索、予約、手配、支払いまでを1つのアプリで一気に行うサービスのことです。 「MaaSによって旅行者と観光事業者、交通事業者がつながり、いつどんな需要が発生するのかが事前にわかるようになります。例えば、刻々と変わる混雑の状況に合わせて、瞬時にタイムセール等の情報を発信し、近くの施設へ移動手段をセットにして誘導することが可能になるかもしれません。過度な集中を防ぐことで、オーバーツーリズムの解消に効果が期待できます。また、便利であることが理解できれば、車から公共交通機関への誘導につながり、温室効果ガス排出量の削減にも貢献できるでしょう。私の研究室でも、交通事業者やMaaSプラットフォーム事業者の力を借りながら、重点研究テーマの一つとして取り組んでいます」 研究室のもう一つの大きなテーマは、「持続可能な観光の実現」です。そのために大切なことは何でしょうか。 「まずはその地域の経済を回して持続可能な地域経営を目指すことだと私は考えています。たとえば、閑散期に新しい需要をつくりだして需要の平準化を図り、通年雇用を実現する。あるいは地産地消を促進して地域を潤す。つまり、その土地の観光に関わる材料や人材をその土地で調達することで、収入が地域外に流れることを防ぐというわけです。このように観光で地域経済に貢献し、文化や環境の保全につなげていくことが大事です。そして持続可能な観光のターゲットに掲げているのは、その地域の住民満足度です。観光でその土地に住む人を幸せにすることを目指していきたいと思います」 最後に進路に悩む高校生へ、アドバイスを聞きました。 「今は、専門性の賞味期限がすぐにやってくる時代なので、高度人材でも近い将来に必ず『学び直し』が必要になると思います。ですから、将来、伸びそうな分野かどうかには深くとらわれず、今の自分の興味や好きを大切にしてください。この先どこかで、憤りや問題意識みたいなものを感じたら、それをベースにまた学び直して新しいことをやればいいのではないでしょうか」 <プロフィール> 清水哲夫(しみず・てつお)/東京都立大学都市環境学部観光科学科・都市環境科学研究科観光科学域教授。東京工業大学工学部土木工学科卒、同大学院理工学研究科土木工学専攻修了。博士(工学)。東京工業大学工学部助手、東京大学大学院工学系研究科准教授などを経て、2011年から現職。専門は、交通学および観光政策・計画学。交通学やデータサイエンスの技術・知見を用いて、観光・交通行動を多角的にとらえることで、時空間の移動需要を高精度に把握し、持続可能な観光振興のための計画、政策立案、技術開発に貢献することを目指している。
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