合意形成学で「わかりあえない」を諦めない
「わかりあえない」と諦めないための「合意形成学」。新潟大学佐渡自然共生科学センター教授の豊田光世が読み解く。 「合意形成」という言葉を聞いて、あなたは何をイメージするだろうか。 例えば、自治体の職員に「合意形成」から何を思い浮かべるかを聞いてみると、「調整」「妥協」「交渉」といった言葉を連想する人や、「時間と手間がかかる」「難しい」など、どちらかといえばネガティブな感覚を口にする人が多い。「合意形成」という言葉には、なぜネガティブなイメージがつきまとうのか。ひとつは、「不和」や「対立」など、できれば回避したい状態を想起することがある。さらには、納得感や満足感の高い話し合いの場に参加した経験が乏しいこともあるのではないか。必要だけどできていない、必要だけどうまくいっていない……「合意形成」という言葉には、同時に、意見の一致を生み出すことの難しさが示唆される。 「合意形成学」を専門とする私は、そうした合意形成のネガティブなイメージを払拭したいと考えて、話し合いのデザインに取り組んでいる。合意形成はただ必要なだけでなく、参加した人が前向きになれる創造的なプロセスとして理解されることが重要だ。 私は「合意形成」を、さまざまなステークホルダーと共に、何ができるかを考え、選択肢を生み出していくプロセス、未来の可能性を切り開くプロセスとしてとらえる。懐疑、不安、面倒くささ、無力感……こうした合意形成をめぐる感情を変えていくような話し合いを、私はデザインしたいと考えている。 ■あらためて「合意形成」とは何か? この文章を読む人々の多くは、どこかで「合意形成」を日々実践しているのではないだろうか。基本的には、複数の人や組織が関係している話し合いの場で必要になるコミュニケーションだとされている。例えば、議論が紛糾し、時には対立が生じ、結論を出せなくなっているとき。あるいは、複数の選択肢から、多数決とは異なる方法で関係者が賛同しうる意見を探るとき。家庭、職場、地域、国家間など、異なる立場や意見が存在していて、その差異を克服しなければならない場面で合意形成が求められる。 「合意形成学」とは、哲学、社会学、情報学、工学、さらには数理科学など、異なる学問領域から多角的に話し合いのプロセスや結果を分析し、豊かなコミュニケーションのあり方を探る実践的学問である。意思決定プロセスのデザインやファシリテーション技術の体系化にとどまらず、そもそも「合意形成とは何か」「なぜ合意形成が必要なのか」といった根源的な問いを掘り下げながら、理論の構築を試みる。 話し合いによる意思決定は、他者と共に生きていくうえで、避けることはできない。しかし、他者の考えを理解することは、容易ではない。わかりあうことの難しさに困惑しながらも、社会に生きる私たちは、他者と共に考え続ける。合意形成学は、そうした人間の生き方に寄り添いながら、対話と共創が駆動する社会を実現するための方法を模索する学問である。