合意形成学で「わかりあえない」を諦めない
「トキとの共生」をめぐる挑戦
■「トキとの共生」をめぐる挑戦 私は、日本海の離島である佐渡島(新潟県佐渡市)を舞台に、自然共生社会の実現に向けた共創のしくみや話し合いの場のデザインを進めながら、合意形成の理論や手法について探究している。佐渡島は、日本で一度絶滅した「トキ」という鳥の保護と野生復帰に取り組んできた地域で、生物多様性の保全という観点から優れた成果を上げてきた。 だが、姿を消したトキを再び自然に戻す試みは、ただ単にケージの中で増やしたトキを野に放てばよいわけではない。トキは、水田の広がる農村地域を生息域とする。放鳥後にトキがどこに飛んでいくのか厳密に予測することはできないし、コントロールすることもできない。したがって、この鳥が生息できる豊かな自然環境を島全体で実現しなければ成功しない。そのためには多くの島民が参加しながら進めていく必要があった。トキの野生復帰は国の事業であるが、地域住民こそが主役の事業なのである。 私が研究で初めて佐渡を訪れたのは2007年、ちょうど最初の試験放鳥の1年前のことだった。当時、東京工業大学の大学院生だった私は、「トキとの共生」をテーマに合意形成の実践に取り組む文理融合の研究プロジェクトに参加した。だが、研究開始時にある地域住民から「共生に向けて熱心に取り組んでいる人はごく一部である」と言われた。特に事業推進の重点エリアから離れた地域では、トキの野生復帰事業を自分ごととしてとらえられていないとのことだった。 そうであるならば、島全体でトキへの関心を高めていく必要があると私たちは考えた。「佐渡めぐりトキを語る移動談義所」と名づけたワークショップを、島内のさまざまなエリアで計42回開催した。そして、トキと共生する社会の実現に向けた課題と可能性を探るとともに、地域住民が主体となってそうした社会をつくるための拠点形成やしくみづくりに取り組んでいった。 この時の経験が、私が合意形成について考える際の基盤となっている。最初に直面したのは、「そもそもテーマに関心のない人々とどのように対話をスタートするのか」という課題だった。「トキとの共生について考えよう」と呼びかけるだけでは、参加者は集まらない。事業の社会的意義を地域に理解していただくというスタンスでは、対話は始まらない。まず必要なことは、地域の人々の関心に耳を傾けることであり、相手を理解することから対話の緒が見えてくることを学んだ。地域の課題は何か、その課題を解決するなかでトキを生かすことはできないか。棚田の保全、高齢者の福祉、漁業の振興など、地域の関心をトキとつなげながら、地域で展開しうる具体的なアクションを考えることが重要だと気づいた。