前半戦の報告に訪れたドラゴンズ・星野監督（右）と握手する白井文吾オーナー＝２０００年０７月、名古屋市中区のクラブ東海で

　プロ野球監督人事の季節である。先日、星野仙一さんが中日監督だった時の側近に「あれは白井さん（当時の球団オーナー）にやめろと言われたからだろ」と言われた。阪神監督になった時の事情を言う。そうか、そろそろ筆者が見た事実を書いておかねば。そう思った。（４回連載の１回目） ◆阪神・星野監督、18年ぶりの優勝を決め歓喜の胴上げ【写真】 　　　◇　　　◇ 　中日監督だった星野さんがドラ番記者だった筆者を呼び寄せたのは２００１年８月３０日、神宮球場室内練習場だった。人払いし、ケージ裏でこう切り出した。 　「お前に頼みたいことがある。一対一でオーナーに会いたい。調整してほしい」 　内容が想像できただけに困った。記者の仕事ではないし、そもそも球団フロントを通じればいいではないか。 　「社長にも代表にも内緒で会いたいからお前に頼んでいる。思惑に利用されたくない。すべて内密だ」 　真相に迫るには懐に入らなければならない。時期が来たら書くと決めて承諾した。 　白井文吾オーナーが指定したのは９月１１日午前１１時。キャッスルホテルの一室だった。当日はナゴヤドームで広島戦があった。星野さんは自ら車を運転し、駐車場に入り、約１時間後に出て行った。後でしらを切られないよう張り込んで出入りを確認し、ドームに向かった。試合は山本昌が先発し、０―１で敗れた。一通り記事を書き、星野邸に急行した。 　玄関で星野さんの義母がいきなり「大変なことになったわねえ」と言うので驚いた。会談が紛糾でもしたのか。いや、そうではなかった。この直前、米国で同時多発テロが起こり大騒ぎになっていたのを知るのは帰宅後のことだ。 　やがてパジャマ姿の星野さんが面倒くさそうに出てきた。 　「どうしたんだ。何が聞きたい」 　会談のことしかないでしょう。 　「ああ、単刀直入に、『疲れたんでやめさせてください』と伝えたよ。去年からそのつもりだった」 　この時点で借金６だった。第１次は１９８７年から５年間。第２次も９６年から６年目だったが、疲労の最大の原因は、最初は良好だったフロントとの関係だった。お互い言い分はあるのだが、少しずつズレが大きくなっていた。相談がないまま物事が決まることも多くなり、星野さんには不信感と不満がたまっていた。だから筆者に仲介を頼んでいたのだ。で、オーナーの反応は？ 　「『そうか、疲れただろうな』だったよ」 　星野さんはすぐにこう付け加えた。 　「ただ、条件をつけた。後任監督は山田だ。それだけはのんでもらわなければ困る」 　阪急のエースだった山田久志さんは、巨人との争奪戦の末に投手コーチとして招いた人で、岩瀬仁紀らを育成した。星野さんも当初から後継者と考え、ヘッドコーチに昇格させていた。ただ、その名を聞いて筆者が不満そうな表情を浮かべるのを星野さんは見逃さなかった。 　「山田のどこが悪いんだ。山田しかおらんだろう。ほかに誰がいるというんだ。白井さんも山田のことは評価してた」 　番記者としては紙面づくりに球団生え抜きのビッグネームがほしかった。１９７０年以降、選手として中日に在籍経験がない監督は水原茂（巨人）、山内一弘（毎日）の例があるだけだった。 　▼増田護（ますだ・まもる）１９５７年生まれ。愛知県出身。中日新聞社に入社後は中日スポーツ記者としてプロ野球は中日、広島を担当。そのほか大相撲、アマチュア野球を担当し、五輪は４大会取材。中日スポーツ報道部長、月刊ドラゴンズ編集長を務めた。