シャネルの流儀──クリエイションとウォッチメイキング
シャネルの凄み
胸に「CHANEL MANUFACTURE」と刺繍された黒の訪問者用作業服に着替えると、いよいよ見学がスタートする。テクニカル・オフィス、ホモロゲーション・ラボラトリー、パーツ製造(ゴールド&スチール、セラミック)、宝石セッティング、組み立て、オート オルロジュリー・ワークショップ、を約6時間かけて辿るのが取材メニューだ。 シャネルは宝石セッティング技術を習得した工房を有する数少ないメゾンのひとつだが、宝飾アトリエでは職人たちがプレシャスストーンをセッティングする姿を確認できた。細く立体的なフレームにダイヤモンドを敷き詰める作業は見るからに高難度の技術を要する。ちなみに、シャネルでは最高品質を保証するため、すべてのダイヤモンドが手作業でセッティングされているという。 「(宝石が美しいのは見ればわかるのですが)技術者は我々ユーザーにどこをチェックしてほしいのですか?」と職人に問いかけると、(ダイヤモンドやルビーを固定するための)くぼみの周囲、その仕上げ精度、と答えた。美しくプレシャスストーンをセッティングするための高等技術だ。以前、ウブロの宝飾アトリエでも同じ質問をしたが、やはり回答は同じ。どれほどの人がそんな技術者たちの狙いに気づくだろうか。神は細部に宿るということなのだが、シャネルのクリエイションとは?という問いに対する回答の一つを確認できた気がする。これを声高に語らないシャネルは誠実だ。そのぶん凄みが際立つ。 いよいよ、現在のシャネルが行う時計製造の中枢、高耐性セラミック製造・加工部門に足を踏み入れた。そもそもシャネルの高耐性セラミックは、他社と何が違うのだろうか。開発担当がまずあげたのは、マテリアルの選択。純度の高い、質の良いパウダーを日本から買い付けているという。独自のノウハウによる調合を経て窯で加熱された高耐性セラミックの外装は、バリ取り、正確なサイズにするための研削、研磨、そして艶出しという工程を経て完成となる。今回のツアーに参加していた時計ジャーナリストで、5年前にもこちらの工房を訪問した経験をもつ広田雅将によると、当時からの変化はセラミックの加工プロセスにあるという。これにより、より複雑な形状を作ることが可能となり、それが新しい「J12」の造形に反映されているのだ。 “時計ハカセ”の愛称で知られる広田をして興奮を隠さなかったのが、射出、いわゆるインジェクションによるケース作成だ。それにしても、射出、インジェクションによる成形は何がそんなにすごいのだろうか。 「立体的な造形が難しいのです。シャネルはそれを実現してしまった。驚いたのは裏蓋。細かい造形はセラミックを細部まで充填しにくいのですが、シャネルは裏蓋で実現してしまったわけです。これは想像を超えていました」 「真のノウハウはポリッシュにある」と語る開発担当曰く、これらの工程ですべてのパーツを管理、検査できるのがシャネルの最大の強みだ。クリエイションに対する彼らの自信が揺らぐような隙はここにも見当たらないのである。