「別居期間が長くても相手が合意しないと離婚できない」という日本の制度は、じつは先進国では少数派だという「意外な事実」
離婚についての国家のチェックと法意識
以上に述べてきた事柄とも関連するのが、離婚に際して国家、すなわち裁判所等がどこまでチェックを行うべきかという問題である。 これについても、日本人の一般的な法意識、感覚は、「離婚は当事者の問題なのだから、国家や裁判官の関与なんてやめてほしい。プライヴァシーに立ち入られたくない」といったものなのかもしれない。「きちんとチェックしてもらったほうがよい」という意見のほうが少ないであろう。私自身、裁判官時代には、「チェックが望ましいとは思うものの、日本人の法意識からすれば現実的ではない」と感じていた。 しかし、この論点についても、『現代日本人の法意識』第5章で論じる冤罪被害者の場合同様、自分だけのことではなく、社会としてどうあるべきかという観点から、弱者、被害者となりうる人々全体のことを考えてみる必要があるのではないだろうか。 世界的にみても、少なくとも現在では、この点を国家がチェックするのが国際標準なのである。法務省が発表している資料(「父母の離婚後の子の養育に関する海外法制について」)によると、夫婦に未成年の子がいる場合、裁判所や公証人(たとえば、フランスの公証人の公的役割は、伝統的に、夫婦財産制度、遺産分割、不動産売買等への関与を含め、非常に大きい)等公的機関のチェックなしに当事者の合意だけで離婚できる国は、調査対象とされた24か国のうち、インド、タイ、中国、サウジアラビアの4つだけである。日本は、「これらわずかな国々の仲間」なのだ。 このチェックは必要である。なぜなら、そうしないと、結局、問題のある配偶者のいいなりのかたちで離婚するカップルが多くなり、他方の配偶者についてのみならず、子の福祉、利益という点でも、深刻な問題が生じやすいからである。また、それ以前に、無理矢理協議離婚届に署名させられる、逆に、離婚の条件として高額の金銭を支払わせられるなどといった、異常な事態まで起こりかねない。 実際、日本では、調停離婚でさえ、弁護士が付いていないと、DV被害者であった妻のほうが金銭を支払って離婚という例さえあると聞いたことがある。そんなことがあるのかと思われるかもしれないが、これは、調停委員や裁判官が調停を成立させることにのみ気をとられている場合には、起こりうる事態なのである。 「当事者の合意だけで離婚できる」ということは、いいかえれば、「相手が合意しないと離婚できない」ということであり、法的正義の感覚に乏しい調停委員だと、強いほうの合意を得るために、弱いほうの当事者の利益をつい無視しがちになる。また、調停の成立にしか関心のない裁判官だと、それを容易に見過ごしてしまう。「日本ムラ」の負の側面の典型的な表れである。 チェックは、(1)合意が本当に成立しているのか、(2)財産分与等の離婚給付は適切に行われるのか、(3)親権者には誰がなるのか、子の面倒は具体的には誰がみるのか、養育費とその支払、また子とともに暮らさないことになる親と子の面会交流等の事柄について適切な合意ができているか、といった点について行われる必要がある。 チェックの機関は、裁判所が本則(ほとんどの国でそうである)だが、裁判所の人的資源が不足しているためにほかの機関や弁護士に任せる場合でも、裁判所が、最低限の実質的な管理、監督は行うべきであろう。そうでないと、適切なチェックが行われないとか、逆に、チェック機関担当者の不当な押し付けとかいった問題が、必ず生じるからである。調停離婚についての現在の家裁裁判官の関与のようなレヴェルのものではだめだということだ。 この点についても、前記のとおり、読者が、自分だけのことではなく、社会全体についてまで視野を広げた上で、お考えいただければと思う。 * さらに【つづき】〈日本の離婚法は、国際標準の「現代」が実現できていないという「残念な現実」…「DV等被害者の人権」が国家によって守られる海外との「極端な違い」〉では、共同・単独親権めぐる法意識についてくわしくみていきます。
瀬木 比呂志(明治大学教授・元裁判官)
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