田中秀征/佐高 信『石橋湛山を語る いまよみがえる保守本流の真髄』(集英社新書)を吉永みち子さんが読む(レビュー)
政治家の言葉はこうであってほしい
今、石橋湛山(たんざん)が静かなブームになっているという。今の日本は湛山の求めた国の形や政治家の姿からすさまじい勢いで逆行している。流されながらも本当にこれでいいのだろうか、私たちはどこに向かっているのかという不安がある。ちょっと立ち止まって考える足場が欲しいという思いが湛山を求めているのだろう。 本書は、佐高さんが聞き役となり、戦前はジャーナリストとして、戦後は政治家として深い思想に裏付けられた産業主義、自由主義、個人主義に基づいた「小日本主義」を貫いた石橋湛山を、秀征さんが見事に甦らせている。同時に、戦後ほとんど政権を握り、日本の舵取りをしてきた自民党の変遷が石橋湛山を通して解き明かされている。 自民党がどこでどう道を誤って湛山思想から思い切り乖離(かいり)してしまったのか、自民党がなにゆえ国民から信頼を得られなくなったのかも浮き彫りにしている。 対談の中でしばしば引用される湛山の言葉は力強い。直球で突き刺さり曖昧さがない。政治家の言葉はこうであってほしいと思う。強い信念と国民の生活を第一に考えて自分が今何をなすべきかという志に裏打ちされた正直な言葉は心に響く。ひるがえって、かつて全滅を玉砕、戦死を散華(さんげ)、撤退を転進と言い換えて国民を欺いたように、ここ十数年の政治の言葉は再び劣化し曖昧になり、ほとんど詐欺に近い。 あの言論統制厳しい中、湛山はジャーナリストとして軍国主義、帝国主義を批判し、戦後は政治家として日本占領中のGHQに進駐軍経費削減を求め公職追放となり、自由党からも二度除名処分にあっている。官も民も政もメディアまでも忖度(そんたく)だらけの今だからこそ、こんなジャーナリストが、こんな政治家がいたことを知ってほしいと思う。 湛山が私たち国民一人ひとりに期待したのは、自立してしっかりものを考える個人であれということだった。忖度し空気に流され続ける個人ではないのである。『石橋湛山全集』全15巻を読破する根性はなくても、この対談には湛山のエッセンスが詰まっている。考える個人であるために、本書がひとりでも多くの人に読まれることを願っている。 吉永みち子 よしなが・みちこ●評論家 [レビュアー]吉永みち子(評論家) 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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