なぜこんなに高評価?トラブルだらけの厨房、丁々発止の会話劇、人間模様…「一流シェフのファミリーレストラン」のおもしろさを徹底解説!
第81回ゴールデン・グローブ賞のTV部門(ミュージカル/コメディ部門)の最優秀作品賞、最優秀主演男優賞(第80回同賞2年連続受賞)、最優秀女優賞に輝き、第75回プライムタイム・エミー賞では主要部門と技術部門を含めて最多受賞の10冠という快挙を達成した「一流シェフのファミリーレストラン」。ハリウッドでは2022年を頂点として長く続いた“ピークTV”と呼ばれる黄金時代が幕を閉じ、パンデミックと大規模ストライキを経て新たな時代に突入した。このポスト・ピークTV時代を代表する新たな顔となり、賞レースの常連にして飛ぶ鳥を落とす勢いの人気シリーズが本作だ! 【写真を見る】注目の最旬俳優!カーミー役ジェレミー・アレン・ホワイトの演技に絶賛の声が相次ぐ ■業界内外から熱い注目を集める「一流シェフのファミリーレストラン」とは? 制作は「ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ」や「POSE/ポーズ」、「アトランタ」といった社会的メッセージと娯楽性を兼ね備えた革新的な作品を輩出してきたディズニー傘下のスタジオFX。2022年からディズニー傘下の米Huluで配信されている。7月17日(現地時間)の第76回プライムタイム・エミー賞ノミネート発表でも席巻することが期待されており、待望のシーズン3の配信(7月17日よりディズニープラスにて独占配信)を控えて、業界内外から熱い注目を集めている。 あらゆる点においてハイエンドで革新性のある本作は、シーズン3の配信を控えて評価が高まるばかり。そうした現地の評判を耳にして、これから本作を観ようという人も多いに違いない。2シーズンで全18話あるが、基本的に1話30分前後(例外的に長いエピソードもある)なので比較的気軽に楽しめるシリーズと言える。 舞台は、シカゴにあるイートイン・デリのイタリア風ビーフ・サンドイッチ店「ザ・ビーフ」。世界的に有名なレストランの新鋭シェフのカルメン(通称カーミー)は故郷のシカゴに戻り、自ら命を絶った兄マイケルが経営していたこの店を継ぐ。クセ者ぞろいの従業員たちに手を焼きながら、有名料理学校を出た若きシドニーを新たに雇い、経営難に陥っている店を立て直すべく奮闘する。チームビルディングものとしては王道の設定に思えるが、本作には古今東西の同種の作品のいずれとも異なるオリジナリティがある。 ■主演のジェレミー・アレン・ホワイトに注目! 第一に登場人物たちのクセの強いキャラクターは、それぞれに味わい深く、演技派俳優たちのアンサンブルキャストの醍醐味も唯一無二の魅力がある。なかでも主演格にして番組の原動力として人気を牽引するのが、ジェレミー・アレン・ホワイト(人気ドラマ「シェイムレス 俺たちに恥はない」)が演じるカーミーだ。気鋭のシェフのようなアーティストらしさ(乱れ髪もトレードマーク)を醸しつつ、傷つきやすく繊細な一面を持つカーミーは、ミステリアスで人を魅了せずにはいられないカリスマ性がある。その人気ぶりは、彼が劇中で着用している白いTシャツのブランドを特定し、購入する人々が続出するブームを巻き起こしたほど。 もちろん、ホワイトは俳優としても上り調子で、昨年はザック・エフロン主演の映画『アイアン・クロー』(23)の演技も称賛された。今年9月に授賞式が開催される第76回プライムタイム・エミー賞(シーズン2が対象)では、昨年に続き2年連続ノミネート&受賞が有力視されている。 ■演技派俳優陣が繰り広げる怒涛の会話劇 そんなカーミーを取り巻く面々も濃いキャラクターがそろう。アヨ・エデビリが演じる名門料理学校出身のシドニー、エボン・モス=バクラックが演じる荒っぽいリッチーなど、各人を主人公にしてスピンオフ作品が作られてもいいほどの厚みのある人物像を体現。いずれも有力な賞レースに名乗りをあげる(受賞も含む)好演で、珠玉のアンサンブル演技は本作の要となっている。 この演技派俳優陣が、丁々発止の舌戦を繰り広げる怒涛の会話劇が本作の真骨頂だ。まさに戦場としか言いようのない混沌とした厨房では、常に怒声が飛び交い、コミュニケーションが苦手なカーミーと「物言う従業員たち」のダイアローグはとにかく凄まじい。そして、なによりも人間ドラマとして見応えがある本作は、マイケルとカーミーとその一族「ベルツァット家」の複雑な人間模様を描くシーンの会話もまた臨場感と迫力に満ちている。カテゴリーとしてはコメディに分類されているが、かなりドラマ寄りの作りとなっている。 ■料理ドラマとしての見どころもたっぷり! 一方で、本作は料理ドラマとしての醍醐味も存分にある。ローストビーフを挟んだイタリア風サンドイッチに始まり、シカゴの街を彩るストリートから有名レストランの料理、そしてカーミーが手掛ける超一流かつ最先端の一皿まで、目にも鮮やか。そうした料理自体の魅力もさることながら、カメラが手元に寄って映しだす躍動感と迫力のある調理過程の細部や、流れるようなカメラワーク、あるいはスタイリッシュなカット割は極めてアーティスティックだ。 ■一流シェフはバラバラの従業員たちをまとめ上げることができるのか? クリエイターでエグゼクティブ・プロデューサーと監督、脚本を兼ねているのは、スタンダップ・コメディアンとしてキャリアを積んできたクリストファー・ストーラー。映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(18)や米Huluの秀作シリーズ「ラミー:自分探しの旅」でプロデューサーを務めるなど、優れた”ドラメディ”でも才能を発揮している。ここで、シーズン1&2を簡単に振り返っていこう。 シーズン1の第一の見どころは、チームビルディングの過程にある。第1話の「システム」では、カーミー(ジェレミー・アレン・ホワイト)が悪戦苦闘する様子から始まる。明らかに厨房はカオスで経営状態は悪く、資金難でその日に必要な材量さえ満足に買うことができない。長年勤めるティナ(ライザ・コロン=ザヤス)、ベテラン従業員のエブラ(エドウィン・リー・ギブソン)は変化を嫌い、パン焼き係のマーカス(ライオネル・ボイス)はひたすらマイペース。新入りの優等生シドニーはまかないを任されるが、ティナは素知らぬ顔で前途多難だ。 そこに遅れて亡きマイケル(ジョン・バーンサル)の親友リッチー(エボン・モス・バクラック)がやってくる。いきなり第1話からカーミーと激論になり、リッチーはカーミーが家族をほったらかしにしているから自分が世話をしなければならず、離婚したのもお前のせいだと罵る。一方のカーミーは、ボス面をするリッチーに対して、マイケルはお前に店を遺したのか?と痛い一撃を叩きつける。このほかカーミーらの幼なじみで修理屋のニール(マティ・マシスン、兼エグゼクティブ・プロデューサー)、カーミーの姉で共同オーナーのナタリー(アビー・エリオット、通称シュガー)、店の債権者でカーミーらの亡き父の親友ジミー(オリヴァー・プラット)らがメインキャストとして登場する。 果たして25年間、続けてきた店のエコシステムをいかにして効率よく、カーミーが望むレベルでの仕事のやりやすい職場に変えていくことができるのか?一筋縄ではいかない従業員たちを相手に、カーミーは自身が前の職場で受けたパワーハラスメントなどのトラウマに苦しみながら、自らも人として成長することで、決して一人では成し得ないサンドイッチ店の再建に挑む。 ■ダイナミックな料理シーンのシークエンスと巧みに展開される人間ドラマ シーズン1の冒頭から、いきなりテレビシリーズの常識を覆す、迫力ある映像体験に圧倒される。第1話や最終話などでも印象的に使われる、スウェーデンのハードコア パンク バンド”Refused”の「New Noise」のギターリフに乗せて煽られるように映しだされる料理シークエンスは、焦燥感とヒリヒリとした厨房の空気、同時にいまにも爆発しそうな内に秘めたカーミーの熱い闘志をも感じさせて息を呑む。また、シーズン1の第7話「レビュー」では開店時間までの20分ほどの厨房の喧騒を、冒頭の数分以外はワンカットで撮影されており、手に汗握る臨場感もたっぷり! 一方で、先にも述べたように本作は料理ドラマのおもしろさをしっかりと担保しつつ人間ドラマに重きを置いている。シーズン1では、シドニーと新メニュー開発で意見が食い違うなど料理に関する描写もたっぷり楽しめるが、誰よりもお互いの有能さを理解し、料理人として同じ思いを共有できるカーミーとシドニーの猛烈な反発と少しずつ距離の縮まる過程には、緊張感のなかにほっと心が和む瞬間も。 探究心が旺盛なマーカスはカーミーのレシピを手本としてデザート担当に転身し、オリジナルスイーツの研究に熱中する。一方、フランス人シェフによって考案されたスタイルを厨房に持ち込み、分業制が機能し始めるといったレストランの舞台裏を見ることは興味深い。そうした変化のなかで、リッチーが自分の居場所、役割がなくなってしまったと感じる葛藤ややるせなさにもぐっとくるものがある。料理ドラマ、業界内幕ものとしてのおもしろさと同時に人間ドラマを巧みに絡ませた脚本の完成度は、ため息が出るほどすばらしい。 ■カーミーの家族、兄マイケルにまつわるミステリーも こうした厨房の人間模様を軸として、もう一つ重要なドラマがカーミーの家族=ベルツァット家の問題だ。本作はマイケルがどんな問題を抱えて、その死の背景にはなにがあったのかをミステリー仕立てとして、その真相を知る糸口、ヒントは第1話から随所に散りばめられている。特にシーズン1の第8話「ブラチョーレ」からの、家族の複雑で深刻な状況が浮き彫りになる5年前の回想シーンを描いたシーズン2の第6話「フィッシズ」へと続くベルツァット家をめぐる人間模様は、エピソードを重ねるごとに厚みを増していく。 ■シーズン2では従業員それぞれが修行に向かうことに 大成功を収めたシーズン1を受けて、シーズン2では、より個々人の内面を掘り下げ、それぞれに成長を遂げていく過程にフォーカスしている。 今シーズンでは新たにレストラン「THE BEAR」の開店準備に追われるカーミーたち。その予定表には、「EVERY SECOND COUNTS(1秒も無駄にするな)」というカーミーの書き込みがある。シドニーは心機一転、新メニューを開発するためにシカゴの街の美味しいものをめぐり、マーカスはカーミーの紹介でコペンハーゲンのパティシエのもとへ。ティナとエイブは料理学校に、そしてリッチーもまた世界一のレストランに研修に行かされる。それぞれにこれまでの自己流だったやり方を見直し、一流のプロフェッショナルたちのやり方を学ぶ過程で自分自身と向き合っていく。一方、カーミーはクレア(モリー・ゴードン)という幼なじみの女性と再会し、関係を深めていくが幸せになることに臆病になっているようでもある。 ■マーカスの人間性が深く心に染み入る第4話「ハニーデュー」 個々の内面を掘り下げていく人間ドラマは、シーズン1からさらに深みを増していく。1話が1本の映画に匹敵する質の高さと完成度であるエピソードも多いのだが、特に印象深いのはマーカスがメインの第4話「ハニーデュー」と、リッチーがメインの第7話「フォークス」だろう。 美しく静謐な映像と共に「静かな対話」で綴られる第4話「ハニーデュー」では、「優秀な人間と一緒に働くことの極意」を得て、デザート作りの腕を磨いていくマーカス。秀作ドラマ「ラミー:自分探しの旅」のクリエイターである才人ラミー・ヨーセフが手掛ける演出は、ほかのどのエピソードとも違う静けさを伴うもので、寡黙で努力家、病気の母親思いのマーカスという人物の本質をエピソード全体が表しているようで深く心に染み入る。 ■第7話「フォークス」で訪れるリッチーの“気づき” もう一つの第7話「フォークス」は、本シリーズの核心がぎゅっと詰まった白眉とも言うべきエピソードだ。私生活もレストランの仕事も、なにもかもがどん詰まりのリッチーは、カーミーに言われて渋々参加した一流レストランでの研修で、ひたすらフォーク磨きをさせられる。しかし、ここでサービスとは、ホスピタリティとはなにかを学び、カーミーから自分がなにを求められているのかを悟った時、リッチーは耐え難い痛みを伴いながらも、新たな一歩を踏みだそうとする。この”気づき”の瞬間のドラマは、「なにかを始めるのに遅すぎるということはない」という普遍的なメッセージが深く胸に刺さり、視聴者の涙を誘う。 そんな彼の目の先にあるのは、「EVERY SECOND COUNTS」の例の標語だ。ぐっと顔つきも態度も変わり、ビシっとスーツを着て「THE BEAR」に出勤するリッチーの姿に、またも胸に熱いものが込み上げてくる。もっとも、セカンドチャンスが必要なのはリッチーだけではない。カーミーもシドニーもマーカスも、みんながそれぞれにこのレストラン「THE BEAR」に人生を賭けているのだ。すばらしい料理を生みだすスターシェフがいるだけではレストランは成立しないのだという事実。そして、一つのことを極めてプロフェッショナルであることの尊さ、美しさを伝えて、まさに「一流シェフのファミリーレストラン」のテーマが集約されていると言っても過言ではない神エピソードだ。 ■ウィル・ポールターにオリヴィア・コールマン、サラ・ポールソンら豪華ゲストも登場! このように各人が”気づき”を得る過程や、ベルツァット家と親族らが集まる第6話「フィッシズ」にも多く登場する豪華ゲストも楽しい。ウィル・ポールター、オリヴィア・コールマン、サラ・ポールソン、ボブ・オデンカーク、モリー・リングウォルドらが登場時間は多くはないが重要な役割を担い、よきスパイスとして機能している。 ところで、本作の原題であり、新たにオープンするレストランの名前でもある「THE BEAR」には、複数の感動的な意味が込められている。シカゴという街や料理、なにがあっても断ち切ることのできない家族への愛。そして亡きマイケルと彼がつないだカーミーとレストランに賭ける人々との絆。そのいずれからも、このタイトルの意味を読み取ることはできるだろう。そうした細部にも目を凝らしながら、現代の最高峰の質を誇る珠玉の映像世界を堪能したい。 文/今 祥枝