ブレイディみかこ「英国の子どもたちが考える『本の未来』。20年以上続いた書店減少が、今止まっている理由」
イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「本の未来」。英国の小学校で行われた本について考える授業。子どもたちの意見から見えてきたものは――(絵=平松麻) * * * * * * * ◆3世代の異種表現コラボレーション 岩波書店から『その世とこの世』という新刊の見本が届いた。『図書』というPR誌で連載していた谷川俊太郎さんとの往復書簡が書籍化されたのだ。 その谷川さんとは、連載が終わるまで実は一度もお会いしたことがなかった。先日、NHKラジオ第1の『高橋源一郎の飛ぶ教室』で初めて対面した(とはいえ、リモートだった)が、初対面の印象は「谷川さん、そりゃあモテちゃいますよ」だった。スクリーン越しでもそれは伝わってきた。これには、伊藤比呂美さんも賛成してくださるに違いない。 谷川さんのことを詳しく書くのは割愛し(詳しく知りたい方は本を読んでください)、ここで書きたいのは、奥村門土さん(a.k.a.モンドくん)のことだ。この本は谷川さんとわたしだけでなく、画家の奥村さんも参加し、重要な役割を果たしているからだ。奥村さんは、小学生の頃、見たままを描く天才似顔絵師として話題になったらしい。当時、すでに英国にいたわたしはこのあたりのことをよく知らないのだが、画集を出したり、国内外で個展を開催したりしてきたという。その奥村さんが描いたイラストが本の中にちりばめられており、期せずして3世代の異種表現コラボレーションになった。
◆本の「物」としての存在感 20歳になったばかりの奥村さんとは、実は2年前から『西日本新聞』の連載でコラボさせていただいている。それで、福岡でティーンに成長した彼が、子どもの頃とは違う絵を描いていたことはよく知っていた。彼は、子どもの頃に谷川さんともコラボしている。だから谷川さんとの連載が始まったとき、もしこれが書籍化されるなら絶対に奥村さんにイラストを描いてほしいと思っていた(だから、前述の「期せずして」というのはかもしれない)。 奥村さんによるカバー装画は、住宅やビルが立ち並ぶ街の風景だが、西日本新聞の担当記者は、「福岡っぽいですよね」と言った。英国のわたしと東京の谷川さんの往復書簡のカバーが、福岡の街の絵。面白い。街の上に広がる空はどこにいようと同じだ。書店に行く機会があれば、そのカバーをとって見ていただきたいのだが、表紙画も素晴らしい。この絵。このタイトルの配置。デザイナーの力量も相まって、「物」としての存在感が強い本になった。 「物」としての本といえば、息子に聞いた話を思い出す。彼が10歳ぐらいのときだったと思う。小学校の国語の授業で、「本の未来」について話し合ったというのだ。「将来、本はなくなると思うか」が、先生からの質問だったそうだ。 スマホですべての情報をゲットする世代にしては意外なことに、「なくなる」と答えた子は一人もいなかったという。ただし、いまとは違う位置づけのものになって残っているだろう、と言った子がほとんどだったらしい。「本はいまよりスペシャルなものになる」というのだ。たとえば、ある子どもは、家でディナーパーティーを開くときに、両親が居間の本棚の本を入れ替えることに着目していたらしい。英国のミドルクラスのご家庭は、居間に必ずと言っていいほど大きな本棚がある。それは、書斎の本棚のようにびっしり本で埋まっているわけではなく、ところどころブックエンドを置いてスペースを作り、花や写真立てやオブジェのようなものを飾ったりしている。そこに立っている本は、情報が書かれた印刷物というより、インテリアの役割を果たしているのだ。