クルマ史上“最大級のスキャンダル”VWショックとその後
自動車業界の2015年を振り返るとしたら、やはり一番に挙がるのは、全世界を震撼させたVWショックだろう。少なくともイメージ上では、世界的に高いブランド価値を築いて来たフォルクスワーゲンが引き起こした、おそらく自動車史上最大級のスキャンダルだ。(モータージャーナリスト・池田直渡) 【写真】「CVT」の終わりは日本車の始まり 2014年クルマ業界振り返り
■排ガス不正問題の構造
ことの経緯から説明しよう。事件の背景にあったのは、各国の排気ガス基準の違いだ。欧州ではCO2の排出量こそが排気ガス問題の核であり、その目指すところは地球温暖化対策である。しかし日米にとってはもっとストレートな公害問題で、光化学スモッグなどを防止するための一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)をどう抑え込むかが目的だった。 そのため、ざっくり言うと欧州ではNOxに緩く、日米ではCO2に緩い排ガス規制ができあがった。しかしグローバル化が進む今日、その規制が地域によってバラバラでは都合が悪い。現在2017年にほぼ世界共通の基準にするための準備が進んでいるところだ。 問題は、規制が進むことに対して欧州の自動車メーカーが消極的なところにある。規制目標値は規制実施よりかなり前から発表されているので前倒しに対応していくことは十分可能で、排ガス規制対応に慣れた日本のメーカーの場合はほぼそういう対応になっている。 もう一つ重要なのは、日本の場合、顧客の志向がハイパワー方向ではなく、燃費指向が高いことにある。それがいわゆるカタログ燃費であるところは問題なのだが、まあそれは今回は措こう。もちろん欧州の人たちにとっても燃費は大事なのだが、それより重んじられるのはCO2排出量とパワーの両立だ。実は車両重量とCO2排出量の掛け合わせによって税金ランクが決まっており、CO2排出量が多いと税金が上がる。欧州の人はこれを嫌う。 またドイツ人は現在、ある意味でガラパゴス化しており、全世界で高速道路のアベレージが落ちているにも関わらず、いまだに最高速度に拘るところがあるのだ。CO2排出量が少なく、ハイパワーで、なおかつ低公害という、三兎を追おうとしたわけである。 こういう様々な思惑が渦巻く中で、フォルクスワーゲンは欧州の緩い旧世代の排ガス規制モデルを、世界で一番規制の厳しいアメリカに売り込んだのである。規制値は1km走行あたりの規制物質排出量で決められているので、その数値を並べて比較する例が多いが、実は北米の規制の厳しさは規制値そのものではない。例えば心拍数を計る時にスクワットをしながら計るというような、負荷を加えたモードがある点が難しいのだ。 ちょっと重要な余談だが、リアルタイム計測をしたデータを持って来て単純に規制値データと比較し、「規制値と違うのは不正だ」と言うのは、100mダッシュ後に測定した心拍数を平静時の基準心拍数と比べて異常だと判断するようなもので、異常な数値が出て当然だ。排ガスデータには負荷状態に応じた妥当な数字があるのだ。 話を本筋に戻そう。厳しいテストモードがある北米の規制に、欧州の旧規制エンジンで通るかどうかと尋ねられれば、後出しじゃんけんの様で気が引けるが、本当にそんなことが可能なのかという疑問は正直あった。常識的には欧州の旧規制、EURO5を前提に設計されたエンジンが、北米の規制、Tier2 Bin5 をクリアできるとは考えにくいのだ。 しかし、そういう疑義に対してフォルクスワーゲンは「画期的なEGR(排気ガス再循環)技術を開発した」という説明ですり抜け。メディアも他メーカーも「微妙に納得がいかないが、かと言ってまさか不正をするようなハイリスクを冒すまい」と考えて無理矢理納得してきたのだ。