領土奪還に執着する「政治家」ゼレンスキー、現実を知る「軍人」総司令官を解任で、戦況に与える影響とは
<戦況が膠着状態に陥ったことを認めるザルジニー総司令官と、ゼレンスキー大統領の路線対立はあらわになっていた>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は2月8日、「本日、軍指導者を刷新することを決定した」としてワレリー・ザルジニー総司令官を解任し、後任にオレクサンドル・シルスキー陸軍司令官を任命した。領土奪還にこだわる政治家ゼレンスキー氏と、膠着状態に陥ったことを認める軍人ザルジニー氏の路線対立があらわになっていた。 【動画】ゼレンスキーと一緒に、彼の「影武者」がテレビに映り込んでしまった? 映像を検証 間もなくロシア侵攻から3年目を迎えるに当たり、ゼレンスキー氏は「私たちは最初の1年を耐え抜いた。2年目、黒海と冬を制し、空を再び支配できることを証明した。しかし残念なことに陸では目標を達成できなかった。南部方面での停滞、東部ドネツク州での戦闘の困難さが国民のムードに影を落としている。勝利を口にするウクライナ人は少なくなった」と振り返った。 総司令官を代えるに当たり、ゼレンスキー氏は以下の改善を求めた。 ・ウクライナ軍の現実的で詳細な行動計画 ・西側から提供された兵器を第一線の戦闘旅団に公平に配分 ・ドローンがどこの倉庫に保管されているかを把握して兵站の問題を解決 ・すべての将軍が前線経験を持つよう配置 ・司令部の過剰人員を整理 ・効果的なローテーションを確立 ・訓練された兵士だけを最前線に配置 「今年を重要な年にしなければならない。戦争におけるウクライナの目標を達成するための重要な年に。ロシアは独立したウクライナの存在を受け入れることはできない。この2年の経験から平和を引き寄せることができるのはロシアの敗北だけだと確信している」とゼレンスキー氏はロシア軍に占領されている東部、南部、クリミア半島奪還への決意をにじませた。 ■いつしか人命より領土が重視されるようになった 西側から主力戦車、装甲戦闘車、精密誘導弾、巡航ミサイル、地雷除去機の提供を受け、開始した昨年6月の反攻について現地で戦闘外傷救護の指導に当たる元米兵は筆者に「6週間で大きな局面を迎える」と楽観的な見通しを示していたが、不発に終わった。ロシア軍の分厚い地雷原を破れず、立ち往生したウクライナ軍部隊は大打撃を受けた。 ウクライナ軍は100人単位の戦闘には慣れているが、訓練不足のため機甲師団による大規模な電撃戦で墓穴を掘った。 英誌エコノミスト(8日付)は「ザルジニー解任は戦争の重要な新局面となる。残念だが、ゼレンスキーは誤りを犯す危険がある」と警告している。ザルジニー総司令官が就任したのは戦前の2021年7月。北大西洋条約機構(NATO)基準の導入に前向きだったザルジニー総司令官は軍に巣食うロシア的体質を一掃する格好の人物だった。 「俳優から政治家になったゼレンスキーと戦場で経験を積んだザルジニーには文化や性格の違いがある。2年前にロシアがウクライナに侵攻してきた直後はこうした違いは重要ではなかった。ゼレンスキーはロシアの侵略に屈しないという国民の反骨精神を代弁した。ザルジニーは東部紛争でロシアと戦争状態にあったため戦闘に集中した」(エコノミスト誌) ゼレンスキー氏にとって戦争の大義は民主主義の命運を賭けた戦いから、ロシア軍に占領されている全領土を奪還することになった。いつしか人命より領土が重視されるようになった。この大義が達成できないことが明らかになるにつれ、ゼレンスキー氏はザルジニー氏を疎ましく感じるようになる。ザルジニー人気も脅威だった。