2000年の「ゼロ金利解除失敗」が示唆する植田日銀の行方
1999年2月、日銀は速水優総裁(左)の下でゼロ金利政策を導入。2000年8月に解除したが、これは失敗だった。右は宮澤喜一蔵相(写真:ロイター/アフロ)
足元のマーケットで起きている事象や注目テーマについて、過去の歴史をもとに株式投資のヒントを探る連載「賢者は歴史に学ぶ」。第15回の今回は2000年のゼロ金利解除をめぐる攻防を振り返り、「植田日銀」の今後の舵取りを占う。 日銀は3月9~10日に黒田総裁最後の金融政策決定会合を開き、大規模緩和の維持を決めた。市場の一部で予想されていた「最後のサプライズ」はなく、黒田総裁は静かに任期を終えることとなった。
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岡田 晃