【報復の連鎖で原油高騰か】イスラエルはイランに報復、イランはイスラエル防衛に加担した湾岸産油国に報復リスク
■ 「100ドル超え」という市場の声は聞こえていなかったが 需要面では、中国の3月の原油輸入量が前年比6%減の日量1155万バレルに落ち込んだ。四半期ベースでは前年比プラスだが、輸入は鈍化傾向にある。 石油輸出国機構(OPEC)が11日、「今年の世界の原油需要は日量225万バレル増加する」との強気の予測を維持したのに対し、国際エネルギー機関(IEA)は12日、「今年の世界の原油需要は日量120万バレル増にとどまる」と3月時点の予測を下方修正した。 IEAはさらに「OPECプラス(OPECとロシアなどの大産油国で構成)が7月以降、自主減産をやめれば世界の原油市場は供給過剰に転じる」との見解を示している。 こうした需給の状況を踏まえ、市場関係者の中東リスクに伴う原油価格の引き上げ予想は控えめだ。各種機関は若干の上方修正を行ったものの、「原油価格が100ドルを超える」との声は、イスラエルがイランに報復攻撃をするまでは聞こえていなかった。 イランの攻撃によるイスラエルの被害が軽微だったことに加え、目立った戦果がなかったものの、イランは国内外に自らの「強さ」をアピールできたことに満足しており、中東情勢のさらなる悪化は顕在化していなかった。 ホルムズ海峡の封鎖が危惧される中、イラン政府高官は16日、「イスラエルへの攻撃後も滞りなく中東地域でのエネルギー輸出が継続して行われるよう取り組んでいる」と述べた。日量約130万バレルの原油を輸出しているイランにとってもホルムズ海峡の航行の安全は不可欠だというわけだ。 ただし、イスラエルからの反撃を受けたイランの出方は現時点では未知数で、今後は予断を許さないだろう。
■ ヨルダンがイラクに狙われる? 小康状態を保っていた中東地域だが、イスラエルの反撃により事態が一気に悪化してしまう可能性が高まった。 筆者は「イランの攻撃に対する迎撃作戦に湾岸諸国が関与したことが後顧の憂いとなってしまったのではないか」と考えている。つまり、イスラエル防衛に「加担」した湾岸諸国がイランからの怒りを買い、イランやその代理勢力から「報復」攻撃される可能性があるのではなかろうか。 今回の迎撃作戦に米国、英国、フランスとともにヨルダンが参加した。 ヨルダンはイランのイスラエル本土空襲の際、自国を通過してイスラエルに向かうミサイル・ドローンの一部を撃墜した。ヨルダン政府は「自国の安全のために実施した」としているが、SNS上でアブドラー国王がイスラエルの軍服を着ている合成写真が流布するなど国民の激しい怒りを招いている*2 。 *2:イラン報復の筆頭はヨルダンか…飛び火を懸念するアラブ国(4月16日付、中央日報) 湾岸の大産油国も困った立場に置かれている。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルや米国に対し、イランから得た攻撃情報を事前に共有していたことが明るみになってしまったからだ*3 。 *3:サウジやUAE、イスラエルなどにイランの攻撃情報共有(4月16日付、日本経済新聞) 米国がイランの報復に関する情報共有や迎撃への協力を要請したのに対し、サウジアラビアやUAEは当初、対立に巻き込まれることを懸念して消極的だった。だが、機密情報の共有については最終的に同意した。イランはサウジアラビアやUAEにイスラエルの攻撃2日前に計画を説明していたと言われている。 「サウジアラビアはイランのミサイルを迎撃した」との噂も流れている(サウジアラビア政府はこの事実を否定)。 これに対するイラン側の反応は出ていないが、サウジアラビアやUAEは「自らも攻撃対象にされるのではないか」と気が気でないだろう。 サウジアラビア・UAE両政府は17日、中東地域での戦争が拡大しないよう、最大限の自制を呼びかけたが、イスラエルの出方によっては両国にも火の粉が降りかかってしまうのではないかとの不安が頭をよぎる。 イランの攻撃の陰に隠れた感があるが、イエメンの親イラン武装組織フーシ派の軍事行動は相変わらず活発だ*4 。フーシ派は2019年にサウジアラビア、2021年にUAEに対してドローン攻撃を仕掛けた前科がある。 *4:US Says Over 90 Missiles & Drones Were Launched From Yemen In Past 48 Hours(4月16日付、ZeroHedge) イスラエルのイランに対する反撃を受けて、今後、イランはどのように動くのか。中東地域の地政学リスクが、一段と「地政学的現実」に近づいてしまった。 藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー 1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。
藤 和彦